「俺はプロだから、ど真ん中のボールは打てない」

玉袋 長嶋さんはもう亡くなっちゃったから確かめようがないんだけど、そのあたりはファンタジーだよね。他チームの選手に送ったメッセージも深いよね。

ヤクルトのエースだった松岡弘さんに「俺はプロだから、ど真ん中のボールは打てない」と言ったらしいけど、それは、長嶋さんにしか言えない名言じゃないかな。大矢さんに言った「ヤクルトを阪神みたいなチームにしちゃダメだぞ」という言葉もいいね。

元永 長嶋さんの巨人の先輩である広岡達朗さんに率いられて、ヤクルトはその後日本一になりましたから。

玉袋 長嶋さん自身が覚えていなくても、言われた人の心にはずっと残っているんだろうな。スーパースターの何気ない一言が、聞いた人の心を突き刺すことがある。

元永 プロ野球ファンには、長嶋さんによって植えつけられた価値観があって、それに悩まされたり翻弄された選手がいるんじゃないかとも思います。たとえば「巨人のサードは強打者じゃないといけない」。

玉袋 確かにそう。長嶋さんが守った巨人のサードは聖域だったからね。原辰徳さんにしても中畑清さんにしても、どうしても長嶋さんと比較されて、どれだけいい成績を残してもどこか頼りないと思われていたもんな。

「長嶋茂雄っていう野球選手がいたことを忘れてもらっちゃ困るよね」【対談 芸人・玉袋筋太郎×スポーツライター・元永知宏】_2

野球選手にとっては宿命みたいなものだったのかも。長嶋さんが選手にも野球ファンにもいろいろな魔法をかけたまま、逝っちゃった……。

元永 魔法はまだ解けていないような気がします。

玉袋 俺は1967(昭和42)年生まれで、還暦が見える年齢になってきた。振り返ってみたら、長嶋さんが活躍した昭和30年~40年代は終戦からそんなに時間が経ってなかったんだよね。親や教師にぶん殴られるのも当たり前の時代だった。

元永 日本は今ほど豊かでも便利でもなかったし、汗水たらして働くことが美徳とされていました。

玉袋 ワークライフバランスなんて言葉もなかったしさ。肉体労働をしている人も多かった。一日中働いたあとに、巨人の試合を見ながら一杯やって、疲れを癒やす――そんな時代の空気に長嶋さんはピタッとはまったんだろうな。