子供のときからずっと横に動物たちがいた

── 猫、犬、インコ、ウサギ、馬といろいろな動物が出てきますが、ほとんどの動物は人間よりも寿命が短い。『しっぽのカルテ』の中にも動物の死が描かれていますね。村山さんは長年生活をともにしていた愛猫のもみじを見送った経験をエッセイに書かれていますが、ほかにも動物の死に立ち会ってこられました。小説として書くにあたって思われたことはありますか。

 もみじのときはつらくてつらくてという気持ちがあって、もっとしてあげられることがあったんじゃないかという後悔があったんです。でも、この間、看取った銀次に関しては、最後の最後までやれることは全部やったと感じました。つらくないわけではないんですけど、見送るときの感触がもみじのときとは違ったんですよね。
 銀次の看取りよりも先に、老犬のロビンの話(第二話「それは奇跡でなく」)を書いたんですが、もみじの死がこんなふうだったらよかったのにとか、一番年寄りの銀次を見送るときにはこうであってほしいと思いながら書いたので、エッセイでは書けなかったことが書けました。こうだったらいいのにとか、飼い主としてこうありたいとか、逆にこうはなりたくないとか。小説の中で動物のいる風景を書くことで、人間と動物に共通する命のこと、生や死やそれに関わるたくさんのことが書けると思いました。ほかの何を題材にするよりも。
 私は子供を持ったことがないので、子育てについてはリアルに想像ができないところがあるんですよ。調べてそつなく書いても、「これが本当だ」って私の中で言い切れない弱みがあります。読者は気づかないかもしれないですが、自分の中で確信が持てないんですね。でも動物だったらその生と死について自信を持って書けるんです。子供のときからずっと横に動物たちがいてすべてをこの目で見てきたので噓偽りなく書ける。それが私の強みなのかなと気づきました。

行き当たりばったりだと、なぜか何かが降ってくる

── 小説としての面白さという点で、最後の物語「見る者」でモンゴルの話が出てきたことに驚きました。森の中の動物病院からモンゴルの少女と馬の話につながることで、物語のスケールが一気に広がりました。どうやって思いつかれたんですか。

 院長の北川梓はなぜこういう人になったんだろう、という話を編集者としていたんです。どういう過去を持ってる人なんだろうねって。異国育ちなのかな、くらいのところまでは話していたんですが、どこの国でどう育ったのかはまったく決めていなくて、その間に原稿締切が迫ってきてしまった。やばい、どうしよう、という状況で、いきなり「そうだモンゴルだ」と。

── いきなりですか!

 モンゴルだったら行ったことがある。馬に乗って旅をしたこともある。NHKの番組だったんですけど、ここから先は車では行けないというところで、車のライトの前でモンゴルの人たちがヤギを(さば)いたんです。まさに小説に書いたようなやり方で。テレビではその場面は放映しませんでしたが、次の日にそのヤギの肉を食べたんです。そのときの経験を思い出して、そこからするすると院長先生とつながりました。ああ、これなら書けるし、物語全体の説得力も増すんじゃないかなと。よくぞ降ってきてくれました、みたいな感じでしたね(笑)。

── 鳥肌ものですね。モンゴルの草原と日本の森が時空を超えてつながって。

 このシリーズはぜひ書き続けたいと思っているんですが、そう言いながら、どんだけ行き当たりばったりなんだ(笑)。でも行き当たりばったりだからこそ、追いつめられると、なぜか何かが降ってくるんです。

── モンゴルの伝統的な人と動物とのつながりが描かれたことで、動物と人間というテーマが深まりましたよね。現代の日本のペットと飼い主というところにとどまらず、文化的にも歴史的にも視野が開けたように感じました。しかも院長の核にあるものに触れることができました。

 よかったなと思うのは、意外にも、「小説すばる」連載中に、院長のキャラクターを読者から受け入れていただけたことですね。最初に書いたときには、これだけぶっ飛んでいたら、読者が気持ちを乗せられないんじゃないかって心配していたんです。

── 一話読むごとに登場人物たちの輪郭がはっきりしてきて、しかもいろんな側面が見えてくる。院長の推し活とか(笑)。登場人物たちをだんだん好きになる。そういう小説だと思いました。

 そう読んでもらえるとうれしいです。「エルザ」の動物看護師二人の話もまだ書けてないので、いずれ書きたいと思っています。まだまだ書きたいエピソードがたくさんあるので、楽しみにしていてください。

しっぽのカルテ
村山 由佳
しっぽのカルテ
2025年11月26日発売
1,980円(税込)
四六判/288ページ
ISBN: 978-4-08-770026-8

感涙の動物病院ストーリー、誕生!

信州の美しい木立のなかに佇む「エルザ動物クリニック」。
獣医師としては凄腕だけれど、ぶっきらぼうで抜けている院長の北川梓、頼れるベテラン看護師の柳沢雅美と萩原絵里香、受付と事務を担う真田深雪。4人のスタッフが力を合わせ、日々運び込まれるペットや野生動物の治療を懸命に続けている。

瀕死の野良の子猫を見捨てられず、クリニックに飛び込んできた建築職人の青年・土屋。老犬ロビンの介護に悩む、自身も重い病を抱えた久栄。歪んだ結婚生活に苦しむ里沙を見守り続けてきたインコのタロウ……。

それぞれの人生と共にある、かけがえのない命をいかに救い、いかに看取るのか。生きとし生けるすべての命への愛しさがあふれる物語。

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