「密集」というストレス

アフリカは今後最も人口が増加すると予測されている大陸であり、それはアフリカの人口構成が非常に若いためである。しかし、アフリカにおける精子の質に関するデータは限られている。

とはいえ、わずかながら存在するそのデータは、精子の質や濃度が深刻に低下していることを示している。ある研究では、精子数の少なさの要因として高い体格指数(BMI)が指摘されている。

また別の研究では、主にアフリカで最も人口の多い国ナイジェリアから得られたデータに基づき、過去50年で精子濃度が72・6パーセント(ほぼ4分の3)も減少したことが報告されている。

その要因として、肥満、病気、喫煙や飲酒、さらには他国では使用が禁止されている農薬への曝露などが挙げられている。

ナイジェリアの中心地であるラゴスの様子
ナイジェリアの中心地であるラゴスの様子
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さらに憂慮すべきことに、アフリカでの平均精子濃度(1ミリリットルあたり約2000万個)は、世界保健機関(WHO)が「基準値」として定める1500万個/ミリリットルに近づいており、それを下回ると深刻な不妊の原因となる。

もしこれらの結果が正確であれば、アフリカで予測されている人口爆発は、大きく抑制される可能性がある。

もうひとつの要因として考えられるのは、人と人とが密集して暮らすことによるストレスである。

ホモ・サピエンスはその歴史の大半を、小規模で点在する集団として生きてきた。人類が村や町、そして今日のような巨大都市で暮らすようになったのは、比較的最近のことにすぎない。

現在、世界人口の約55パーセントが都市部に住んでおり、この割合は2050年には68パーセント、つまり3分の2を超えると予測されている。この傾向は今後も続くと見られており、その背景には干ばつや洪水、作物の不作といった気候変動による影響がある。そうした要因が農村から都市への人口流入を加速させているのだ。

部屋の中の象

人々が集合住宅で文字通り「人の上」に住み、日々の生活を他人ときわめて近い距離で営むことは、人類にとって本来の姿ではない。

ポール・エーリックがデリーの街で目にした光景に衝撃を受けたように、こうした密集した生活は、人間にとって強いストレスの原因となりうる。そして、ある研究によれば、こうしたストレスが精子数の減少と関係している可能性もあるという。

過剰人口は環境の悪化を招き、それが資源の枯渇につながる。こうしたすべての要因が、世界経済を弱らせ、生活水準を引き下げ、女性たちの出産への意欲をそぎ、父親になろうとする男性の精子数さえも減少させているのかもしれない。

そして、これらすべての背後には「部屋の中の象」(訳注:誰もが気づいていながら話題にするのを避ける大きな問題や不都合な事実を指す英語の慣用表現)がひそんでいる――気候変動だ。

#3に続く

文/ヘンリー・ジー 写真/Shutterstock

ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史
ヘンリー・ジー
ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史
2025/9/17
2,420円(税込)
440ページ
ISBN: 978-4478119419

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ニューヨーク・タイムズ紙「親しみやすく野心的な一冊!」

5万年前のホモ・サピエンスは、数ある人類のうちのひとつにすぎなかった。しかし2万5000年前ごろ、氷河期が最も厳しさを増す中、ホモ・サピエンスはアフリカ全域とユーラシア大陸に拡がり、さらにはアメリカ大陸にも進出し始めていた。この時点で、ほかのすべての人類は姿を消していた。ホモ・サピエンス以外の最後の人類が絶えた瞬間から、この種の終わりはすでに定められていたと言える。

それ以降、ホモ・サピエンスは、逃れようのない運命との、長く続く消耗戦を戦うことになる。

人類の歴史は、地球規模の支配を築いてきた壮大な成功の物語のようにも見えるけれども、その輝かしい成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。その時間はすでに何千年も続いており、今や終わりが近づいている。

本書では、なぜそうなったのか、その理由を明らかにしていく。そして、もし人類が賢く、幸運に恵まれ、十分な想像力と工夫を発揮できるのであれば、この運命をしばらくのあいだは避けられるかもしれないという希望についても語る。

世界的話題作『超圧縮 地球生物全史』の著者が、サピエンス30万年の歴史、そして未来予想図を描き、わたしたち人類が絶滅を回避する方法を模索していく。

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