購入者の半数以上がシングル女性

夫以外の第三者の精子を使い、妊娠へと導く治療を「非配偶者間人工授精(AID)」という。おもに100人に1人の割合で発症するという無精子症の夫を持つ夫婦、レズビアンのカップル、シングルの女性がその対象で、ドナー(提供者)から預かった精子を凍結保存し、AIDを望む人たちに提供する機関を精子バンクと呼ぶ。

精子にも“値上げラッシュ”の波が! 世界最大の精子バンク「日本上陸」丸3年のリアル_1

日本では、これまでAID治療を行っていた慶應義塾大学病院が2018年8月、「ドナー不足」を理由に患者の新規受け入れを中止。同院は国内のAID治療の半数超を担い、ドナーの募集から精液の採取、保存、治療までを行う一大拠点だったが、その受け皿が失われた形だ。

これにより、第三者の精子を求める人たちの一部は、ネットやSNS上で勝手に「精子バンク」と名乗り、ボランティアと称して私的に精子を提供する“アングラな人たち”にすがらざるを得なくなった。

それは、ネットカフェなどで採取したての精液を受け渡したり、ホテルで待ち合わせて性交渉をしたりと、衛生的にも倫理的にも危ういやり取りだった。

そんな問題が取りざたされていた19年2月、デンマークに本社を構える世界最大の精子バンクの運営企業、「クリオス・インターナショナル」が日本人専用の窓口を設置した。

同社の精子バンク「クリオス」には欧米人を中心に約1000人のドナーが登録(22年3月時点)し、世界100カ国以上に精子を供給している。

クリオスを利用する際の大まかな流れは、公式サイトに掲載されているドナーの国籍、身長、血液型、目や髪の色、運動精子の数、赤ちゃんの頃の写真、本人の肉声などを参考に、購入希望者が条件や好みに合うドナーを選択。

規定の料金を払うと、血液(遺伝子)検査、精液検査を経て“品質”が保証された凍結精子が窒素タンクに入れて届き、医療機関でAIDを受けるというものだ。

では日本進出から3年、クリオスはAIDを望む人たちの救いの場となっているのだろうか。 同社の日本事業担当ディレクターを務める伊藤ひろみ氏が現状をこう説明する。

「国内に購入窓口ができる前からクリオスで精子を購入し、空輸することは可能でしたが、購入件数は年に数件でした。それが、窓口を開設すると問い合わせが殺到するようになり、購入者も20年秋に累計で150人、翌21年春に200人、今年に入り400人と右肩上がりに増えている状況です」(伊藤氏、以下同)

日本国内でクリオスの精子を購入しているのは、「30~40代がメイン」とのことだが、その一方で伊藤さんが「予想外だった」というのが以下の点だ。

「日本窓口を開設する前は、おもに夫が無精子症のご夫婦の利用を想定していましたが、ふたを開けてみれば、購入者の半数超はシングルの女性でした(※残り3割は夫が無精子症の夫婦、2割弱が同性カップル)。

その中には理想のパートナーとの出会いに恵まれず、シングルマザーになると決めた女性も多く、シングルの姉妹で揃って精子を購入したというケースもありました。“一人で子どもを育てよう”と考える、いわゆる選択的シングルマザーを志望する女性がこんなにも多いというのは正直、驚きでした」