なぜ努力は報われなくなったのか

「トンビがタカを生む」ということわざがある。

しかし、今の日本でどれほど現実味があるだろうか?「教育格差」と「経済格差」が絡み合い、貧困の連鎖が固定化されつつある。所得の低い世帯ほど子どもの大学進学率は低く、生涯賃金にも顕著な差が出る。

実際、東大生家庭の過半数は世帯年収が950万円を超え、子育て世帯の年収平均値722万円と比べても、その年収の高さが際立っている。

僕自身は中卒の親の家庭から東大に進んだので、周りとの経済格差をはっきり感じていた。海外留学などで視野を広げる選択肢はなかったし、学費と生活費のために、アルバイトにかなりの時間を費やした。

それでも、僕は恵まれていた。家庭の収入は低かったが、教育熱心な親のおかげで、貧困の連鎖から抜け出すことができた。だが、誰もがこうした環境に恵まれるわけではない。

少し前に、「親ガチャ」という言葉が流行した。生まれ育った環境で、子どもの人生が大きく左右される現実を皮肉った言葉だ。格差は昔からあったが、その深刻さが広く認識されるようになったのは、近年のことだ。

写真/shutterstock 写真はイメージです
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一方で、こんな声もある。

「昔はみんな貧しかった。でも努力して豊かになった」

「環境のせいにして甘えるな。自己責任だ」

でも、今の社会の貧困は、本当に努力不足や甘えだけの問題なのだろうか?

経済学者の小野善康氏は、日本社会が「モノ経済」から「カネ経済」に移行したことで、格差の性質が変わったと指摘する。

かつての「モノ経済」の時代には、人々が欲しがるものが多く、生産能力が追いつかなかった。勉強したり技術を身につけたりすれば、自分の能力を活かす場はそこら中にあった。貧しい環境にいても、努力が報われる余地があった。この時代に限っては、自己責任論が一定の説得力を持っていた。

ところが、「カネ経済」の時代になると、社会全体に生産能力が余り始めた。需要は減り、チャンスは減り、努力を活かす場所が減っていった。格差を努力で埋めるのは難しく、親ガチャが、かつてよりずっと重くのしかかる時代になった。

こうした閉塞感のなか、一発逆転を求める気持ちが芽生えるのは、決して不思議なことではない。努力すれば報われる前提が崩れた社会では、ギャンブル的な投資に惹かれるのもむしろ自然な反応だろう。

それを“自己責任”で片付けてしまえば、この時代に特有の構造的な問題を見落としてしまう。

この構造が「お金の不安」をふくらませ、投資をギャンブル化させ、貧困から抜け出しにくい社会をつくり上げている。

しかし希望もある。人口減少という現実が、皮肉にも社会を変えつつある。個人の努力が、再び報われる時代が到来しようとしている。

お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点
田内 学
お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点
2025/10/7
1,650円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4022520845

「老後が不安」と投資に走る大学生。
「ママよりも年収の高いパパが偉い」と信じる小学生。
膨らむ“お金の不安”の裏でこれから何が起きるか、あなたは気づいていますか?

・労働と投資、どちらが報われる?
・お金以外に頼れるものは?
・どうすれば仕事を減らせる?
などの8つの問いから、不安を希望に変える生存戦略を描く。

【本書のキーワード】

10万人の「もう疲れた」が教えてくれた、本当に知りたいお金の話

・焦りを生む空気から、どう抜け出すのか?
・稼いでいる人を真似ても、なぜうまくいかないのか?
・労働と投資、本当に報われるのはどちらか?
・お金以外に頼れるものは何か?
・「お金を稼ぐ人が偉い」と思われるのはなぜか?
・いつまでお金に支配されなければならないのか?
・どうすれば仕事を減らせるのか?
・“大人”の常識は、これからも通用するのか?

【目次】
はじめに── どうして、お金の不安が増えるのか?
第一部 整理する――「外」に侵されない「内」の軸
 第1話 その不安は誰かのビジネス
 第2話 投資とギャンブルの境界線
第二部 支度する――「内」に蓄える資産
 第3話 「会社に守られる」という幻想
 第4話 愛と仲間とお金の勢力図
第三部 直視する―― 変えられない「外」の現実
 第5話 「あなたのせい」にされた人口問題
 第6話 「お金さえあれば」の終焉
第四部 協力する――「内」から「外」を動かす可能性
 第7話 「仕事を奪う」が投資の出発点
 第8話 「子どもの絶望」に見えた希望

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