1年間の捕虜生活を終え帰国するも…
1945(昭和20)年8月15日、第二次世界大戦は終結し、日本は敗戦国となった。しかし、石井さんの心のうちは、日本が負けた悔しさ以上に、「『ようやく日本に帰れる』という嬉しさのほうがはるかに上回った」という。
「悔しいと思える心の余裕すらなかったのかもしれない。戦争が終わったと聞いたときは『もう厳しい訓練もしなくていいし、命の危険にさらされることもないんだ』と、気が楽になったね。周りの兵隊たちも『日本に帰れるぞ』ってずいぶん喜んでたよ」
敗戦後は中国で捕虜となり、道路の補修作業や落下した橋げたの修繕などに従事した石井さん。終戦から約1年が経った1946(昭和21)年6月、ようやく日本の地に戻ってきたものの、国民からの歓迎ムードなど微塵もなかった。
「誰も『お疲れさま』『ごくろうさん』の一言すらかけてくれない。山口県仙崎港から東京に帰る電車の中で、とある婆さんから『おたくも兵隊さんで帰ってきたんでしょうけど、盗人になったりする人も多くて、評判はあまりよくないよ…』とまで言われたな」
東京に戻ると、辺り一面焼け野原で、見る影もなかった。工場勤務などを経て、再び自転車修理業に戻った石井さんは必死で食いぶちを稼ぐ日々を送った。
「なかなか米が手に入らなくて、芋ばっか食べてたけど、空腹時に食べる芋は本当においしかった。人生で一番おいしいと思った食べ物は、今でもあのときの『芋』だな」















