マンションのエレベーター内で起きかねないこと
神戸の事件の被害者は女性だったが、必ずしも女性だけが被害者たりうるとは限らない。この事件は、加害者男性によるストーカー要素を多分に含むものだったが、密室に近いエレベーター内では強盗、通り魔など、いずれも男性が被害者になる可能性も十分にある。
オフィスビル、マンション、商業施設……いまや日本のいたるところにエレベーターがあり、生活に欠かせないものとなっている。
もはやエレベーターは他人と乗ってはいけないものとなろうとしているのか。
筆者は幼少時からマンション暮らしが長い。
小学校3年くらいのときだったか……下校し、自宅マンションのエレベーターに乗ったところ、後から若い男性が乗ってきた。
小さなマンションの狭いエレベーターとはいえ、子ども心に「なんでこんなに近くに立つのかな」と思っていたら、おもむろにショートパンツの股のあたりに手が伸び「君、もうここに毛が生えてる?」と聞かれた。
結果をいえばそれだけのことで、10歳足らずの子どもには正直何があったのかもよくわからなかったのだが、帰宅して親に話すと、当たり前だが動揺していた。
とはいえ、かれこれ40年以上前のことなので、日本もだいぶのんびりしていた。
今なら管理組合にうったえ、それなりの問題になっただろうが、そのときは親から「これからはエレベーターに乗るときは気をつけなさい」と言われただけだったと記憶している。
時は過ぎ、令和の今、筆者はタワーマンション、いわゆるタワマンに住んでいる。
数年前に、同じマンション内の友人女性たちがこんなことを話していた。
「ねえ、エレベーターに業者の人とか一緒に乗るの、なんかやじゃない?」
「わかる、わかる。知らない人と乗るの、ちょっとイヤ」
「業者の人は別のエレベーターにしてくれればいいのに」
「ね〜、そういうマンションもあるのにね」
当時は彼女たちの発言にかなりの不快感をおぼえた。
業者にも配達にも本当に助けられている。なくては生きてはいけない。
お盆だろうと年末年始だろうと、スマホでポチっとすれば何でも届けてくれる。時間指定も置き配もありがたいサービスだ。
そればかりが念頭にあった。
自分を守るために必要な「細心の注意と覚悟」
だが、神戸の事件が起きたあと、彼女たちの発言を改めて思い出した。
見知らぬ業者の人だけを「怖い人」扱いするのは明らかな偏見で誤りだ。
同じマンションの住人だってそもそもほとんどが知らない人なのだし、住人だから安心という保証はなにもない。もっと言うなら知人が加害者になった事件もたくさんある。
さらにもっと言うなら業者の人びとだって業務中は危険と隣り合わせだ。
しかし、犯罪や危険から身を守りたい、という気持ちからくる彼女たちの「漠然とした不安」が、否定すべきものではないことも確かだ。
令和の今、自衛しようとしたことで、差別的な言動をはからずも発したり、あるいは受けたり、SNS上で社会的批判にさらされてしまうことがある。
犯罪や暴力そのものではない、「別次元の危険」に脅かされかねない。
いまや自衛をするのにも細心の注意と覚悟がいるということだ。
犯罪や危険から身を守りたい、という当たり前の概念を遂行することが難しくなっている。
文/集英社オンライン編集部