水木の戦記漫画へのこだわり
一方、水木しげるに関しては、「実体験も交えて、こんなにもしっかり戦争を描いた漫画家はこれまでいないのではないか」と半澤氏は高く評価する。
水木の戦記漫画へのこだわりは、『ゲゲゲの女房』のこんなシーンからも垣間見れる。
戦後、上京し貸本漫画家として作品づくりに没頭する茂。だが、手掛ける戦記漫画に対し、出版プロデューサーの浦木から「お前の描く暗くて惨めな戦争漫画では、読者はついてこない。もっと勇ましく描け!」と主張され、茂はこう反論する。
“都合よく弾が飛んできて、派手な空中戦をやって、食いもんに困ることもない。あげな都合のいい戦争があるか!”
「美化された戦争ではなく、体験に根差したリアルな戦記物を描くことへのこだわりが溢れた重要なシーンでした。浦木の言う通りにしていれば、貧乏な生活を変えることができたかもしれないのに、それをしなかった。戦争とは惨めなものだったと伝えることを優先した水木さんの想いが伝わってきました」
また『ゲゲゲの女房』では貸本漫画の文化のほか、戦争で心に傷を負った人が描かれるなど、昭和30年代の日本が見事に再現されていた。なかでも名シーンの一つが、戦争経験を引きずり心に傷を負った近隣住民の男性に対し、水木がこう告げるシーンだ。
“戦争ではみんなエライ想いをしましたな。仲間も大勢死にました。みんな、生きたかったんですから。死んだ人間が一番かわいそうです。
ですから、自分は生きてる人間には同情しないんです。自分をかわいそがるのは、つまらんことですよ”
「水木さんややなせさんだけでなく、手塚治虫さんやちばてつやさんなど、昭和30~40年代に活躍したクリエイターたちは何らかの戦争被害を負いながら、後世に残るような名作をたくさん手掛けてくださった。彼らが紡いだ物語やメッセージがあったからこそ、僕らが今、こうして平和に生きられていることに改めて感謝したいです」
今月15日で終戦から80年を迎えた。戦争を生き延びた表現者が遺したメッセージに改めて耳を傾け、これからの平和を考えるきっかけにしていきたい。
取材・文/木下未希