「お住まいはどちらですか?」

世間話の最中に「お住まいはどちらですか?」と聞かれるのが好きである。「歌舞伎町です」と答えると大体驚かれるからだ。歌舞伎町で飲んでいるときに「家、すぐ後ろなんですよ」と答えれば、まあ、うらやましがられる。

ヤクザマンションから引っ越した先の物件はかなりの掘り出しものだった。

一年間住んでいた「ヤクザマンション」。久々に来るとピリつく(写真/著者提供)
一年間住んでいた「ヤクザマンション」。久々に来るとピリつく(写真/著者提供)
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不動産屋を通さず、そのへんで知り合った怪しい─日本人のくせして名前が片仮名の─不動産ブローカーがピックアップしてきた部屋は、屋上をすべて自分だけの空間として使うことができた。

内見時、リビングからルーフバルコニーに出た時点で即決した。冗談抜きでフットサルができそうなくらいに広く、そこから歌舞伎町のネオンや代々木の「ドコモタワー」が見え、これ以上ないほど「新宿」に住んでいる気分を味わえそうだったからだ。

新宿に住んでいると、いろんな種類の人と友だちになることができた。

歌舞伎町の雀荘で知り合った元コロンビアマフィアの男性とはよく2人でサウナに行く仲だし、歌舞伎町のバーで出会ったストーカーを退治する必殺仕事人チャーリーとは、今でもよく会う。

西成でユーミンの「卒業写真」を歌い続けた友人も、初めて会った場所は新宿2丁目のバーだった。

歌舞伎町「思い出の抜け道」。中国人マフィア全盛期の90年代、スーツケースに盗品を詰めた中国人たちが出入りし、盗品市場が開かれていた
歌舞伎町「思い出の抜け道」。中国人マフィア全盛期の90年代、スーツケースに盗品を詰めた中国人たちが出入りし、盗品市場が開かれていた

最近まで私の数軒隣に住んでいた同い年の作家・山下素童とは、道端で頻繁に出くわした。お互いに暇な生活を送っているもんだから、会えばそのまま朝まで遊ぶことになった。

山下氏と出会ったのは6年前のことである。彼の本を読んだ私が「取材をさせてほしい」とSNSでDMをし、池袋の中華屋でランチを食べた。そのときは恐ろしいほど会話が盛り上がらず、もう一生会うことはないだろうなと思っていたが、それから4年後のある日、ゴールデン街のバーでバーテンをしている彼をたまたま見かけた。

「あのときの盛り上がりに欠ける奴だ」と躊躇したが、酒に酔った勢いで入店した。すると、家がかなり近いということが分かり、一気に仲良くなった。