作家・山下素童氏との思い出

私と山下氏はゴールデン街にいる暇人を集めて結成したモルックチームに入会していた。夜な夜な花園神社に集まって5~6人でモルックをしていたが、暇人とはいえみんなそれなりに予定がある。次第に、とくに暇な私と山下氏の2人でモルックをする日が増えた。

三が日、実家にも帰らず近所をうろついていると、暇そうな山下氏とバッタリ会ったので戸山公園でモルックをすることにした。そこで、「君と僕はあらゆる能力が一緒だよね」という話になった。

私たちは家庭環境、学力、運動神経、価値観、笑いのツボまですべてが似たり寄ったりだった。そのため、育った場所はまったく違うけれど、どこへ行っても立ち位置が一緒なので、なんとなく同じような人生を歩んできていた。

「何をやっても競るだろうから、これからひと月に1回、2人で対決をしてみない?」

山下氏は挑発するように私に言った。ゆとり世代ど真ん中とはいえ、テスト、体育の授業、部活のレギュラー争いなど、今思えば学生時代は競争が身近にあった日々だった。しかし、大人になってからというもの、人と競争する場面がパタリとなくなった。競争をしない生活は良い面もあるけれど、悪い面もあると思うので、誘いに乗ることにした。

対決の種目は、バッティング、ストラックアウト、パンチングマシーン、卓球など、地の能力が問われるものに絞った。そして、能力が拮抗しているからこそ面白いので、事前に努力することは禁止にした。

だが、結果は私のボロ負けだった。私はほぼすべての種目でことごとく致命的なミス(力んで的の真ん中にパンチが当たらないなど)を犯し、負け続けた。それによって、私は学生時代にひしひしと感じていた「一発勝負に弱い」という短所を思い出したのである。

練習ではのびのびできるのに、バッターボックスに立つと急に球が見えなくなる。内野ゴロを捕ってファーストに投げようとすると肩と肘が急に固まる。そして、怒鳴られる。それで野球が嫌いになったんだった。社会人になって人と競う機会がなくなったものだから、そんな自分の弱点をすっかり忘れていたのだ。

「私みたいな人間は一発逆転などという考えは持たずに、地道にコツコツやっていくしかない」

新宿で固めた決意を、今後の人生の指針にすることにした。

「歌舞伎町在住ライター」という肩書きは便利だし、自分は新宿にいるだけなのにいろんな場所から人が来るから知り合いはどんどん増えていくし、そのへんを歩いていれば山下氏はいるし、私には新宿を出る理由がなにひとつなかった。

歌舞伎町の住人の最寄り駅は新宿駅ではなく東新宿駅になる(写真/著者提供)
歌舞伎町の住人の最寄り駅は新宿駅ではなく東新宿駅になる(写真/著者提供)
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この先何十年と、何の疑問も抱かずに、人には「こんな酷い街、住むもんじゃない」などと言いながら、ずっと新宿に住み続けるものだと思っていた。

ただ、見方を変えれば新宿に縛られている状態でもあった。そして、そんな生活のどこかに窮屈さを感じていたのかもしれない。

写真/shutterstock

ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街
國友公司
ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街
2025/6/25
1,760円(税込)
228ページ
ISBN: 978-4163919935
ページをめくるたびに恐ろしくなる。
でもその恐ろしさに惹かれて、僕も旅に出たくなる。
國友氏の『冒険の書』は、まるで呪いだ。
――清野とおる(漫画家)


歌舞伎町、西成、インド、モンゴル――行く先々で、衝撃的な出来事に次から次へと巻き込まれる。旅の途中で出会うのは、なぜか決まってラスボス級にパンチの効いた人間ばかり。時に命すら危険に晒し、「こんなはずじゃなかったのに……」と愕然とすることもしばしば発生。しかし、カオスで制御不能な状況であればあるほど、面白がって最終的にはすべてを人生の糧にしてしまう。気づけばワイルドサイドを全力疾走している著者のタフな野次馬精神が生んだ、大いに笑えてパワーがみなぎるエクストリームなエッセイ集。

■収録エピソード例
化石になったドヤの住人を発掘する
かつての同僚で前科九犯のシャブ中、青山さん。自衛隊→マグロ漁船→右翼→ヤクザというキャリアを歩んだ宮崎さん。出会い系サイトに「君の執事になりたい」と書き込んでいた「執オジ」。彼らは今どうしているのか?

憂鬱で退廃的なゲイ風俗店の待機室
就職せず男娼になった私は、野球部の後輩キャラ「ゆうた」&格闘技系男子「てつや」として指名を取りまくっていた。アクの強い常連客の要求に応え、労働に勤しむが、店のオーナーの逮捕によってモラトリアムは終焉を迎える。

『トゥモローホース』の悪夢
モンゴルの山奥で出会った某俳優似の男が繰り返し口にする「トゥモローホース、OK?」。その問いかけの真意が明らかになったとき、私は絶叫しながらMMAファイターばりの本気のファイティングポーズをとるはめに。

歌舞伎町のラブホテルを不法占拠する蟹の密漁おじさん
「ヤクザマンション」を引き払い新居で暮らし始めた矢先、駐車場を占領している謎の男性を発見。路上で大量の空き缶を集め、金魚と暮らすおじさんが見つけた“安住の地”は、歌舞伎町の奥に佇む廃ラブホテルだった。

■著者コメント(「まえがき」より一部抜粋)
ルポライターという職業に就いている私は、これまで意識的にいろんな街に赴いてきた。ときにはその街のことを知るために長期滞在したり、実際に住んだりすることもあった。一時期ホームレス生活をしていて、都内各地の路上や河川敷に住んでいたこともある。
思い返すと私はそれぞれの街で多大なる影響を受けていることに気付く。人は食べたものでできていると言うけれど、私は、自分が住んだ街で出会った「突飛な変わった人」によってできている。この本には、私が各地で出会った「突飛な変わった人」が私の人生観が変わる重要なポイントで出現しまくる。彼らの一挙手一投足が、読者のみなさんが住む街を選ぶ際の手助けになれば私も彼らも報われる。

■目次
まえがき

西成
来るとすべてがどうでもよくなる街
カラオケ居酒屋で一人、德永英明を唄いたい
百万円民泊の謎に迫る
化石になったドヤの住人を発掘する
最後の住人を静かに見守る「ホテルA」

モンゴル
「田舎はたまに行くからいい」は本当か
ウランバートルは意外と都会だった
筋トレに取り憑かれたモンゴルの青年ベルック
床屋が異常に多い街・ウルギーで総書記になる
アル中のカザフ族と八時間かけてアルタイ山脈越え
「トゥモローホース」の悪夢

インド・ネパール
インド最下層列車に現れたギャングたち
コルカタの野戦病院に倒れる
バラナシの死体焼き場で神様に恐喝される
カトマンズで見た月収二万円の生活
ニューデリーの最凶売春地帯で監禁未遂

東京(新宿・上野)
だから、私は男娼になった
憂鬱で退廃的なゲイ風俗店の待機室
「パリジェンヌ」で優雅なコーヒータイムを
歌舞伎町のラブホテルを不法占拠する蟹の密漁おじさん
このままずっと、新宿に住むものだと思っていた

横浜
横浜のワイルドサイドを駆け巡る
ドヤ街の真ん中に別宅を借りてみた
「新宿と横浜」二拠点生活のススメ
このままずっと、駅徒歩二十五分の街に住んでいたい

あとがき
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