AIを支配する白人男性のバイアス

三牧 差別のない、あらゆる人の人権が保障された社会を実現するためのさまざまな運動が展開されてきましたが、そうした運動の鍵概念として、「インターセクショナリティ(交差性)」という言葉が近年、いよいよ重要になっています。人種、階級、ジェンダー、セクシャリティ、国籍、民族性、年齢などの多様な概念が、相互に交差しあって、差別や関係性を構築していると捉える概念です。

『PLURALITY』の著者オードリー・タンさんはノンバイナリーを自称されており、ご自身もまさに「インターセクショナリティ」を象徴する存在であり、また、ご自身の思想や活動でも、こうした発想をとても重視されていると感じています。

今アメリカでは、トランプ政権の反DEI(反多様性)が猛威を奮い、富と権力を持ち、政治にも影響を与えるシリコンバレーの有力者たち――マスクやザッカーバーグ、ピーター・ティールらは皆白人男性で、「DEIは実力主義に反する」といったマッチョな世界観に突き動かされている。

こうした価値観を持つ人々が生み出すテクノロジーは本当に万人に利益をもたらすものになるのか。テクノロジーは「みんなが使う」「みんなを利する」ことが想定されているのに、実際には「富裕な白人男性による富裕な白人男性のためのテクノロジー」になってきているのではないか。こうしたアメリカの現状に鑑みて、タンさんのように、民主主義を決して手放さない立場から、テクノロジーの可能性を探求している方は本当に稀有だと感じています。

オードリー・タン氏 撮影/もろんのん
オードリー・タン氏 撮影/もろんのん

アメリカでは、テクノロジーの旗手たちが、分断を乗り越えようとする存在ではなく、むしろ分断を煽り、それを深める存在になりつつある。端的な例がMetaのザッカーバーグです。彼はトランプが大統領選に勝利して以降、トランプに急速に接近し、発言も「トランプ化」しています。

最も聴かれているポッドキャスト番組の1つ、ジョー・ローガンの番組に出演した際には、「今までの企業はDEIのような政策を掲げて、『去勢』されていた。これからは男性的で攻撃的な文化を入れていかなきゃいけない!」と力説していました。Xも、Twitter時代より明らかにマイノリティにとって安心できる言論空間ではなくなった。とりわけマイノリティにとっては、使っているだけでヘイトにさらされる状況になっています。

反DEIという錦の御旗でどんどん同質性を高めていく欧米のテクノロジー業界とは対照的に、タンさん的な「非欧米のデジタル技術」というものがあるのではないか。多様性やインターセクショナリティといった観点からも、タンさん、E・グレン・ワイルさんの御提言は重要だと思うのですが、李先生のお考えはいかがでしょうか。

 おっしゃるとおり、シリコンバレーのすごく偏った、白人か、わずかなアジア人男性しかいない状況は、問題ではないかと指摘されています。「AIが世界を支配する」みたいなSFチックなことを言っているのも大体白人男性です。そして現在進行形で目の前にある問題としては、やはり「AIのバイアス」です。

要は、AIを作っている人たちがごく一部の白人とアジア人の男性なので、それ以外のアイデンティティーとか出自を持っている人たちにかなり不利になるように作られているのです。そして喫緊の問題は放置して、未来に起こるかどうかわからない「宇宙への進出」などのトピックに議論が集中している。やはりそれはシリコンバレーが、SF好きのナードな男性ばかりで占められているという事情が、かなり影響していると思います。