「右腕切断は生きるための選択」
糖尿病患者の90%以上が「2型」とされており、こちらの深刻度は比較的低い。正しい生活習慣によって改善が期待されたのだが……。
「糖尿病が発覚して2年後、なかなか血糖値が下がらないのでインスリン注射をするようになり、その頃に糖尿病は完治しない病気だと知りました。
血糖値が正常値に戻っても、免疫力低下による合併症がいつ起こるかわからない。当初は軽く考えていただけに、愕然としました」
佐野さんはできるかぎり節制した生活を送った。それでも、病魔は佐野の体を着実に蝕んでいく。インスリンの投与を始めて10年後の2019年には心不全を発症。恐れていた合併症が起こり始め、人工透析を受ける生活へ。
そして、2023年からは神経障害による感染症が猛威を振るい始める。同年4月、石油ファンヒーターで右足中指を低温火傷したことをきっかけに右足中指切断、12月、小さな傷から壊疽(えそ)が広がり右手人差し指と中指を切断。そして翌年5月1日、それでも右手の感染症の広がりがおさまらず、右腕を切断するにいたる。
56歳の誕生日の翌日の出来事だった。
野球人にとっての命ともいえる右腕。決断に躊躇はなかったのか。
「感染がこれ以上広まらないように一日おきに腕を洗浄をするんですが、とにかくこれが痛かった。この痛みから逃れられるなら……という思いがひとつ。
それと指から腕への感染スピードが尋常じゃなかった。ここで判断が遅れたら心臓へ転移する恐れもあったから、感傷に浸るよりも生きるための選択として決断せざるを得なかったんです」
術後、洗面所の鏡を見ると右腕のない自分が写っている。
「受け入れられたか? そんなの受け入れなきゃしょうがないですよ。とはいえ、やっぱりネガティブになって、頭の中がゴチャゴチャになるときがありました。
でも現役時代も私生活も、腕の洗浄のときだって強がるのが僕の性分。いわゆる障がい者になったけど、自分にエールを送ってくれる人や同じ病気で苦しんでいる人がいる。僕は元プロ野球選手でありがたいことに知名度はあるから、この境遇を自分からドンドン発信していこうって」
今年5月、病気の経過を含む半生を綴った『右腕を失った野球人』(KADOKAWA)を出版。メディアへ多数出演して糖尿病の恐ろしさを話すなど、啓蒙活動にいそしんでいる。