「プルラリティ」とは何か? 資本主義と民主主義の行き詰まり超える多元的未来への希望…オードリー・タンとE・グレン・ワイルが提唱する対立を創造に変えるテクノロジー
人々の多様な声を政策に反映させる「デジタル民主主義」を台湾にもたらした、オードリー・タンが、マイクロソフトリサーチ首席研究員の経済学者E・グレン・ワイルが共同で発表した書籍『PLURALITY(プルラリティ)対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』(サイボウズ式ブックス)。
プルラリティとは「多元性」。AIに代表されるデジタル技術が、分断と対立を量産し、巨大プラットフォームが権威となる現在。だがテクノロジーは使い方次第で対立を創造に変えるテクノロジーは、多様性のある社会を取り戻す新たなインフラになるという。プルラルティとは何か? 著者のE・グレン・ワイル氏に哲学者の李舜志が話を聞いた。
『テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?』 #1
相互関税でもグローバリズムでもない道
李 引き続き経済についての質問をさせていただきたいのですが、現在、アメリカのトランプ大統領の相互関税が世界を騒がせています。日本でも、連日報道されています。この点でお聞きしたいのが、自由貿易の是非についてです。
あなたが前著の『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀: 公正な社会への資本主義と民主主義改革』(共著、東洋経済新報社)で引用していた経済学者レオン・ワルラスは、「自分はノーベル平和賞を受賞すべきだ」という考えを持っていました。というのもワルラスの理論は「関税なき自由貿易」の理論で、それは平和にも貢献するものであると。ワルラスは「自由貿易は経済的な豊かさだけでなく、平和にも貢献する」と考えていました。
とはいえ現在、トランプの関税政策を支持する人の中には、以前のグローバル資本主義に戻るくらいなら、相互関税の方がいいという人もいると思います。
ドナルド・トランプ氏 写真/Shutterstock
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自由貿易を阻害する現在の関税政策ではなく、以前のように格差がどんどん広がっていくグローバル資本主義とも違う経済活動。それはどのようなものになるのでしょうか?
ワイル さて、自由貿易のグローバル化の根本原則は、産業政策の制度を破壊し、産業に対する公的支援を破壊し、保護や市場の境界や制約という概念を破壊することです。
しかし、私たちが経験してきた国際協力は、それだけではありません。EUは各国の防衛産業を統合して、エアバスなどを製造する EADS(European Aeronautic Defence and Space)を設立しました。これは大成功でした。それは物事を破壊することではなく、橋を築き、それを維持することで成功を収めたのです。
私は、今後の国際協力の形は、自由貿易や保護主義よりも優れたものになると考えています。それは「共同開発(co-development)」です。自由貿易によって開発国家(developmental state)を排除するのではなく、同盟国と開発国家を共有するのです。
いつか、日本がこの動きのきっかけとなることを願っています。しかし、これらの価値観を共有する民主主義国家は、ただ関税を課さないことだけで合意するだけでなく、それぞれが得意分野を取り入れ、相互に投資を行い、大規模モデルや防衛システム、ネットワークインフラなど、一国では達成できないスケールを共同で構築できる体制を構築すべきです。
それは、障壁や助成金を撤廃してスケールを破壊するのではなく、スケールを活用し、協力によってスキルを構築することなのです。
李 ありがとうございます。日本のニュースでは、トランプの関税政策が批判されているのですが、その代替案というものがあまりなくて、「以前のグローバル経済の状態に帰る」ことが良いことだとされています。建設的な意見で、非常に勉強になります。
ワイル 代替案が日本にはないとおっしゃいましたけれども、もうすでにそういったモデルを日本は作っているのではないですか? 私から見ると、そのように思えます。
日本は非常にユニークなビジネスモデルを作っているので、ぜひ国際的なリーダーになって、そのモデルを世界に伝えていけばいいではないですか。他の国との共同投資の方法は、単なる自由貿易だけではありません。それは、ものづくりにも当てはまります。
ほとんどの企業は、単に「利ざやをとらない」と言うだけでなく、共にものづくりに投資することで他企業と関係や同盟を結びます。これが日本の企業が世界中で実践してきたモデルです。このモデルを、日本が他国と共に採用すべきだと主張すべきです。日本がリーダーシップを発揮するためには、何よりも自国のストーリーに対する自信が必要だと思います。
構成/高山リョウ 撮影/内藤サトル
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570
全世界で大反響!
米TIME誌でも取り上げられた話題の書の日本語版が、サイボウズ式ブックスから遂に刊行!
「PLURALITY」は、台湾の初代デジタル発展省大臣オードリー・タンとマイクロソフトの首席研究員にして気鋭の経済学者グレン・ワイルという世界のトップランナーが提唱する、新たな社会のビジョンだ。
「プルラリティ/多元性」―――それは、「シンギュラリティ/単一性」とは異なる道。対立を創造に変える、協働テクノロジーともに歩む未来。
【権利】【通貨】【コミュニケーション】【投票】【市場】【メディア】【環境】【学習】【政策】……起こり得る未来を全検証した一冊です。
訳:山形浩生…世界的ベストセラー、トマ・ピケティ『21世紀の資本』の訳者として知られる翻訳家
解説:鈴木健…『なめらかな社会とその敵』著者であり、スマートニュース株式会社取締役会長
世界はひとつの声に支配されるべきではない。
対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。
空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。
複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。
ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。
しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。
プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。
「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。
現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。
《著者からのメッセージ》
真の調和とは差異を避けることではなく、多様な声を積極的に束ねて共通の目標へ向かうことにある。日本こそが、次なる道を照らし出す存在になり得ると強く信じている。
ーーーオードリー・タン
プルラリティは、世界中のめまいがするほど多様な文化から引き出した伝統を、完成させ、折り合わせ、慎重にハイブリッド化して改善するという昔ながらの日本の誇りと共鳴するものだ。
ーーーE・グレン・ワイル
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李舜志
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
◆推薦◆
「本書はデジタル技術を活用し、社会の対立を前進する力に変え、自由と幸福を求める現代にふさわしい共通の物語を紡ぎ直す方法を示している」
オードリー・タン氏(元台湾デジタル発展省大臣)
「この魅力的な小さな本は、私たちの本(“PLURALITY”)のレッスンを学術的かつ日本的な視点から再構成したもので、新しい読者、とくに学生たちにより協力的な未来を築くために何ができるかを示している」
E・グレン・ワイル氏(経済学者、マイクロソフトリサーチ首席研究員)
「テクノロジーの"ダークサイド"ではなく、"サニーサイド"についての書。読んでちょっとだけ希望の灯が見えた」
内田樹氏(思想家)
「新たな帝国主義と自己利益を追求する究極自由主義。そのいずれでもない第三の道を示す希望の書」
田中優子氏(法政大学名誉教授)