早見 クロマツさんはいかがですか?

クロマツ 僕は雑誌なのですが、「完全保存版 野茂英雄1990–2008」(『Number PLUS』二〇〇九年一月号)を挙げたいですね。

Number PLUS『完全保存版 野茂英雄1990-2008』
文藝春秋 2009年1月号
Number PLUS『完全保存版 野茂英雄1990-2008』
文藝春秋 2009年1月号

鈴木 懐かしい。野茂さんが引退した直後に出たものですよね。

クロマツ そうです。野茂さんはやはり一番のパイオニアですし、何よりもこういう鈍感力のある人が好きで。真ん中にフォークかストレートしか投げないとか、投げるボールがいつもと違うことに言われるまで気づかなかったとか、ちょっと普通じゃないですよ(笑)。

鈴木 それでメジャーまで行って活躍しているわけですからね。

クロマツ 野茂さんはインタビューが意外と少ないので、この本に残されている言葉は貴重だと思います。

鈴木 西武時代の清原和博さんがよく野茂さんと対戦していて、「自分には真っ直ぐしかげてこないから、球種を考える必要がなかった」と言っているんですよ。ベンチからは変化球のサインが出ているんだけど、野茂さんは必ず首を振る。で、首を振る野茂さんを見て清原さんは「ああ、ストレートだな」ってわかるから、結構ホームランを打っているんです(笑)。

早見 真っ直ぐだけなら、特別に速いわけでもないですもんね。

鈴木 他の打者と同じように、清原さんにもフォークを投げればいいのに、なぜかそうしなかった。本当にミステリアスな選手でしたよね。

早見 では最後に僕ですが、中学時代に本屋で見つけた『水原勇気0勝3敗11S』を挙げます。水原勇気というのは水島新司さんの『野球狂の詩』に登場する女性ピッチャーなんですけど、描かれているすべての試合のシーンから彼女の選手としてのデータを抽出した一冊なんです。

『水原勇気 0勝3敗11S』
豊福きこう 
情報センター出版局 1992年
『水原勇気 0勝3敗11S』
豊福きこう 
情報センター出版局 1992年

クロマツ なんかすごいですね。

早見 その結果、彼女の生涯成績が0勝3敗11セーブであることを突き止め、さらに得意とするバッターや苦手なバッター、広島相手にはよく抑えるけど阪神には打たれがち、みたいな傾向までがまとめられているんです。……って、このデータを知ったからといって、何の得もないんですけどね(笑)。

一同 (笑)。

早見 でも不思議なもので、「野球の面白さってこういうところに集約されてるよな」という気持ちにさせられるんですよ。

クロマツ でも、めちゃくちゃマニアックですよね、これ。すごいなあ。

早見 あと、ついでにもう一冊。『呪われた巨人ジャイアンツファン』、ご存じですか?

『呪われた巨人ジャイアンツファン』
城たけし ひばり書房 1986年
『呪われた巨人ジャイアンツファン』
城たけし ひばり書房 1986年
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鈴木 なんですかこれは(笑)。

早見 僕が小学校三年生の時、風邪で学校を休んだ際にうちのお袋が間違えて買ってきたんです。本当は当時『コロコロコミック』で連載していた『リトル巨人くん』を頼んだのに(笑)。

鈴木 ホラー漫画ですか?

早見 そうです。ただこれ、伝説的な作品として後に話題になって、復刻されるまでは中古で10万とかの値が付いていたんですよ。

クロマツ へえ、全然知らなかった。どういうストーリーなんですか?

早見 主人公が野球観戦に行ったら巨人が負けて、しょげながら家に帰ったら、テレビで試合を観ていた家族が「巨人、勝ってよかったね」と言っていて、スポーツニュースでもしっかり江川が掛布を抑えているという謎な展開で。主人公はパニックになって、翌日から段ボールを被って生活することになるという……。

鈴木 なんて奇想天外!

クロマツ うーん。こうしていろんな可能性があるから、野球という題材は面白いですね。


構成=友清 哲 撮影=樋口 涼
(集英社クオータリー コトバ 2025年春号より)

kotoba 2025年 春号
コトバ編集室 (編集)
kotoba 2025年 春号
2025/3/6
1,550円(税込)
228ページ
ISBN: ー

特集
野球の言葉

野球は単なるスポーツの枠に収まりません。ノンフィクションや小説、漫画、選手や監督たちの本を通じて、数々の名場面が語り継がれてきました。
本特集では、野球と言葉の深い結びつきにスポットを当て、どのように野球は描かれ、語られ、物語として紡がれてきたのかを探ります。
スタジアムを越えて広がり続ける「野球の言葉」。kotobaならではの角度で、野球の魅力をお届けします。

Part1野球と本の幸福な関係
柴田元幸 アメリカ文学と野球の深い関係
鈴木忠平×早見和真×クロマツテツロウ 野球の物語が生まれるとき
ツクイヨシヒサ 野球マンガを変えた名セリフ
田崎健太×中溝康隆 野球ノンフィクションの名著
生島 淳 ロジャー・エンジェルの思い出

Part2野球から生まれる言葉
高橋源一郎 優美で感動的なアメリカ野球
石田雄太 大谷翔平、イチローの言葉
生島 淳 野村語録を考える
池松 舞 野球の力、短歌の力
スージー鈴木 野球音楽ベストナイン
丸屋九兵衛 なぜラッパーは野球帽をかぶるのか?――ヒップホップとMLBの邂逅

Part3野球がつなぐ人と言葉
野嶋 剛 「棒球」が「野球」に追いついた日
木村元彦 中畑清、古田敦也、新井貴浩……歴代会長が語る「プロ野球選手会」の闘う言葉
友成晋也 アフリカで花開くベースボーラーシップ®
ピエール瀧 野球とニューウェーブと甲子園と
加藤ジャンプ 球場酒

【対談】
犬山紙子×今西洋介 子どもを性被害から守る言葉

【インタビュー】
福岡伸一 ボルネオで出会った環境と生物の動的平衡

【連載】
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山下裕二 美を凝視する
石戸 諭 21世紀のノンフィクション論
大野和基 未来を見る人
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著者インタビュー 小西公大 『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった。』
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