三者三様、野球をテーマにした
“最高の一冊”を語る

クロマツ お二人に聞きたいんですけど、漫画って一本の作品を描き終えるまでに、かなり時間がかかります。『ドラフトキング』にしても20巻まで出ていて六年以上続いている。でも、小説やノンフィクションは基本的に一冊で終わるじゃないですか。それで、また次の作品を立ち上げるというのはものすごい労力だろうなと漫画家としては思うんですけど、もう慣れたものなんですか?

早見 僕は慣れました。デビュー前の自分に、今の自分のやってることを伝えたら、「そんなのやれるわけないじゃん」っていうことをやっている気がします。

鈴木 早見さんは野球以外にも、政治から事件まで幅広い作品があって、書くのも構想するのも速いんだろうなと思ってるんですけど。

早見 書くのは速くないんですけど、思いつくのはたぶん得意です。企画を売る仕事があるならそれに就きたい。ひとつ百万で買い取ってほしいなって(笑)。逆に漫画って、人気があれば長く続いていくわけじゃないですか。それって嫌になったりしないですか?

クロマツ 答えづらい質問ですね(笑)。

早見 僕はアメリカのドラマがすごく苦手で。人気があったら延々と続くじゃないですか。で、シーズン4、5になったら絶対面白くなくなっている。

クロマツ それはほぼ百パー、そうだと思います。『ドラフトキング』は、そうならない前に終わると思います。自戒を込めて(笑)。

早見 ヨイショじゃなくて、『ドラフトキング』は今が一番面白いですよ。

クロマツ 本当ですか! ありがとうございます!

早見 ちなみに、お二人は野球を題材にした作品を今でもよく読まれますか?

鈴木 僕はあまり読まないですね。むしろ、普段は野球から離れているかもしれないです。

クロマツ 僕も本当はもっと野球漫画を読みたいんですけど、なぜかあまり手に取らないですね。昔はあだち充先生の作品などは網羅していましたけど、変に影響を受けて引っ張られてしまうのを恐れているのかもしれません。

早見 では、過去に読んできた野球関連の作品で、“最高の一冊”を挙げていただくとすると、お二人は何ですか。

鈴木 僕はまさに『タッチ』ですね。最近再読してあらためて驚かされたのですが、この作品は「いかに野球を描かずに人間の普遍的な部分を描くか」ということを体現していると思うんですよ。なにしろこの作品、登場人物の汗すらほとんど描いていませんからね(笑)。

『タッチ』(第1巻) あだち充
小学館 1981年
『タッチ』(第1巻) あだち充
小学館 1981年

クロマツ 言われてみたらそうですね。

鈴木 それにもかかわらず、内容としては野球でなければ成立しない物語なのがまたすごい。野球を背景にしながら、グラウンド外におけるエースの存在を表現しているあたり、震えますよ。

早見 それでも、数少ない野球シーンがいくつか印象に残っているのも、『タッチ』の特徴かもしれませんね。

鈴木 もう一つ、『Number』創刊号に載った『江夏の21球』は忘れられない作品です。衣笠祥雄さんが一塁からマウンドへ行くシーンこそが、このノンフィクションの肝だと思うんですよ。

『江夏の21球』
山際淳司 角川新書 2017年
『江夏の21球』
山際淳司 角川新書 2017年

早見 そのシーン、僕もよく覚えてます。「ベンチやブルペンのことなんて気にするな」というセリフですよね。

鈴木 そうそう。ブルペンで次のピッチャーが用意を始めて、江夏さんが不貞腐されるんですけど、そこで衣笠さんが「オレもお前と同じ気持ちだ」と言いに来る。プロの試合という非日常の中に人間の普遍的な孤独、絆や友情を見出すという原体験だったかもしれません。