「速やかな削除対応」の仕組みが悪用される
そんなとき救いの手を差しのべる人物が現れた。手芸歴60年以上、チャンネル登録15万人を誇る編み物ユーチューブ界の「レジェンド」。著作権に詳しい弁護士を紹介してもらい、ユーチューブに動画削除に対する不服を申し立てるとともに削除要請した相手に損害賠償を求める訴訟を起こした。
裁判では、相手が編み物や編み方は著作物とならないことを認識しながらも、けん制目的で競合動画の封殺を狙ったと主張した。同じく動画を削除された他の編み物ユーチューバーらも書面を提出するなどして加勢した。
これに対し、相手側は「自身の投稿動画は著作物に当たる」と反論した。得意の英語を生かして海外の文献や動画を調べ、日本で知られていなかった編み方を分かりやすく紹介したのだという。証人尋問で「私は盗まれた側なのに悪いって言われてるのはおかしい」などと述べた。
米デジタルミレニアム著作権法(DMCA)は著作権者から権利侵害の指摘を受けた場合、直ちに投稿を削除すればサイト運営者は法的責任を免れると規定する。多くのプラットフォームが手軽に削除要請できる仕組みを採用し、要請があれば速やかに削除に応じている。
だが、著作権への理解不足による誤った要請やライバルを封じるための悪用も少なくない。ユーチューブではウェブフォームなどから削除要請を出せるが、23年7〜12月に約17万人から提出があった152万件の要請のうち1割以上が誤りや悪用だった。
一審判決は編み方の技術や手法は著作権法の保護の対象とならず、技術的な説明の表現が似るのは自然だとして「多くの場合、創作性があるとはいえない」とした。その上で、今回は双方の動画の編み方の説明や表現方法が特に似ているとは認められないと判断。相手側は著作権侵害が成立しない可能性があると認識しながら削除要請したなどとして7万円の賠償を命じた。
二審判決はさらに踏み込み、削除要請の仕組みを使ってライバルの動画削除に至った行為を「制度の乱用」と指摘。賠償額を26万円に増額し、最高裁でそのまま確定した。
「かぎ針もユーチューブも見るのも嫌」なところまで追い込まれていた北陸の女性。今もコツコツと投稿を続け、チャンネル登録者数は3万人近くにまで伸びた。ほつれ絡まっていた糸がほどけたかのように、他のユーチューバーらも精力的に作品を発表している。
文/日本経済新聞「揺れた天秤」取材班 サムネイル写真/Shutterstock