サブカルヒーロー

そんな平野紗季子さんの文化相対主義に、僕はどこか90年代のサブカルチャーを重ね合わせてしまいます。

写真はイメージです
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つまり、既に評価の定まった文化も、取るに足らないものとして見過ごされてきたモンドカルチャーも、分け隔てなくシャワーのように浴びに浴びた上で自分好みにセレクトして再構築する文化。

そしてそんな極めてパーソナルな営みに新たな価値が生まれるか否か、それは、愛の深さと、そしてズバリ「文化資本」次第です。文化資本という言葉は、時に、やっかみや分断を煽るものとしてネガティブな文脈で揶揄的に使われたりもします。

しかし文化資本というのは文字通り「資本」なのであり、それが投下された世界を確実に豊かにします。平野紗季子さんは間違いなく、今も世界を豊かにし続けている、同時代のサブカルヒーローです。

『生まれた時からアルデンテ』の、内容のみならず装丁やデザインにまで横溢する古き善きサブカル感は、いったい何に由来するのでしょう。それは、(アルデンテのパスタ同様)平野紗季子さんが生まれた時から当たり前に吸い込んできた時代の空気なのでしょうか。

それとも若き彼女を見出した(元サブカル少年少女であろう)大人たちにとって、彼女が久々のヒーロー、しかも「食」という領域で初めて現れたと言っていいサブカルヒーローであった、その熱狂が醸し出したものなのでしょうか。

僕は勝手に、その両方だろうと思っています。

この本の中で、石毛直道氏のエッセイを引いて、食べるシチュエーションそのものがある種の料理たりうると喝破した鮮やかな文章には、ご自身が妹君と一緒にバスルームでパピコを楽しんでいる写真が添えられています。

その写真は、食がテーマの本としてはあまりにも、あまりにも斬新であると同時に、そんな懐かしいサブカル感にも溢れています。あのページを開いた瞬間に、僕の頭の中にはフリッパーズ・ギターの『バスルームで髪を切る100の方法』が鳴り響きました。

写真/shutterstock

食の本 ある料理人の読書録
稲田 俊輔
食の本 ある料理人の読書録
2025年4月17日発売
1,067円(税込)
新書判/224ページ
ISBN: 978-4-08-721357-7

人生に必要なことはすべて「食べ物の本」が教えてくれた――。
読めば読むほど未知なる世界を味わえる究極の25作品。

食べるだけが「食」じゃない!

未曾有のコロナ禍を経て、誰もが食卓の囲み方や外食産業のあり方など食生活について一度は考え、見つめ直した今日だからこそ、食とともに生きるための羅針盤が必要だ。

料理人であり実業家であり文筆家でもある、自称「活字中毒」の著者が、小説からエッセイ、漫画にいたるまで、食べ物にまつわる古今東西の25作品を厳選。

仕事観や死生観にも影響しうる「食の名著」の読みどころを考察し、作者の世界と自身の人生を交錯させながら、食を〈読んで〉味わう醍醐味を綴る。

【作品リスト】
水上 勉『土を喰う日々』
平野紗季子『生まれた時からアルデンテ』
土井善晴『一汁一菜でよいという提案』
東海林さだお『タコの丸かじり』
檀 一雄『檀流クッキング』
近代食文化研究会『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』
玉村豊男『料理の四面体』
野瀬泰申『食は「県民性」では語れない』
三浦哲哉『自炊者になるための26週』
加藤政洋/〈味覚地図〉研究会『京都食堂探究』
原田ひ香『喫茶おじさん』
千早 茜『わるい食べもの』
ダン・ジュラフスキー/[訳] 小野木明恵『ペルシア王は「天ぷら」がお好き?』
畑中三応子『ファッションフード、あります。』
上原善広『被差別の食卓』
吉田戦車『忍風! 肉とめし 1』
西村 淳『面白南極料理人』
岡根谷実里『世界の食卓から社会が見える』
池波正太郎『むかしの味』
鯖田豊之『肉食の思想』
久部緑郎/河合 単『ラーメン発見伝 1』・『らーめん再遊記 1』
辺見 庸『もの食う人びと』
新保信長『食堂生まれ、外食育ち』
柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』
森 茉莉/[編] 早川暢子『貧乏サヴァラン』

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