求められる国の対応

 慈恵病院が直面する運営上の課題は、東京の賛育会にも共通している。賛育会は母子の個人情報の取り扱いについて「東京都と協議しながら進めていく」とのことだが、法整備に関わる問題は、自治体レベルでの抜本的な対応は困難とみられる。

「本来、『親の状況にかかわらず、産まれた子どもたちが安全に育つ最低限の環境を保証する』役割は国にあり、少数の民間法人や特定の地方自治体の対応では限界があります。痛ましい乳児の遺棄事件が後を絶たず、逼迫した問題をかかえる妊婦が全国にいることを考えると、国レベルでの対応が必要でしょう」

具体的に母子を守るため、国に求められることとは何なのか。

「一つ目は、実態に見合った母子の個人情報の取り扱い方針の策定です。子どもたちが安全に産まれることを最優先しつつ、日本の先駆的な事例を参考にしながら、慎重な議論のもとにより現実的なガイドラインを策定することが望まれます。

二つ目は、内密出産の制度化の検討です。病院は事業の委託先として、公的に制度設計を行ない負担を担保することで、全国での対応施設が増加し、児童養護施設との接続が容易にもなり、困窮する母親への福祉サービスの提供が可能になるなど、支援の幅が拡大すると考えられます」

さらに齋藤准教授は、出産以前の相談支援の重要性について訴える。

「実際に、慈恵病院には妊娠中の女性からの問い合わせもよせられています。全国に1600か所以上配置されているドイツの妊娠相談所のように、相談窓口が身近な地域に設けられることが望ましいです。

『赤ちゃんポスト』や『内密出産』を利用する女性は、複合的な問題をかかえ社会的に孤立しているケースもあり、地域の包括的な支援を通じていち早く福祉・医療サービスにつなげる必要があります。そのことにより、彼女たちの出産だけでなく産まれてくる子どもたちのリスクを減らすことができるのではないでしょうか」

熊本につづき、運用が始まった東京・墨田区の「赤ちゃんポスト」と「内密出産」の取り組み。母子の安全や個人情報を守るため、民間だけでなく、行政、国との三位一体の連携が求められてくる。

取材・文/集英社オンライン編集部

新生児 ※写真はイメージです
新生児 ※写真はイメージです