インスタントラーメンの開発に成功
さすがの百福も落ち込み、自宅にこもっていました。ところが、ある日を境に、自宅の裏に作業場をつくっては何かを研究しはじめます。
なあに、なくしたのは財産だけじゃないか─。時間が百福の心の傷を癒し、再び新しい事業へと駆り立てたのです。
その事業とは、ラーメンです。
百福の頭には戦後、ラーメンを食べるために行列をつくる人々の姿が、いまだにこびりついていました。
その光景を目にしてから8年の歳月が経ち、すでに落ちるところまで落ちました。失うものがない強さが、本当に自分がしたいことへと突き動かしたのかもしれません。
百福はすべての事業から手を引いて、ラーメン1本に絞ることを決断。朝は5時から、夜は1時や2時まで、ラーメンづくりに取り組みはじめます。
百福は5つの条件を満たしたラーメンが開発できれば、人々に浸透するに違いない、と考えました。
それは「味がおいしい」「保存性がある」「簡単に調理できる」「値段が安い」「衛生的で安全」の5つです。
百福は中古の製麺機を購入。中華麺の材料を自転車で研修室まで運んでは、いろんな添加物を加えながら開発に没頭しました。
最大の難関となったのが、「保存性」「簡単な調理」のハードルをどう越えるかです。なんとか麺を保存できないかとさまざまな方法を試してみました。天日干し、燻製、塩漬け……しかし、どの方法もすぐに元へと戻すことができません。
水を吸うと同時に柔らかくなる「高野豆腐」にも目をつけました。しかし、高野豆腐は凍らせて氷の結晶をつくることによって、豆腐に小さな穴ができて、水にひたすと元通りになる仕組みです。その多孔質がなせる業でしたが、麺に穴を開けることなどできるわけがありません。
「保存性が保たれた状態の麺から、手軽な調理を加えただけで、ラーメンになるようにするには、どうするべきなのか……」壁にぶつかった百福。突破口が見つからないまま、時が過ぎました。
しかし、ある日のこと。妻が「さて、今夜は天ぷらにしましょう」と夕食の支度をしはじめます。その様子をぼんやり眺めていて、百福ははっとしました。
「金網に並んだ天ぷらには、穴が開いている!」
天ぷらは熱い油のなかに入れることで、衣が水をはじき、穴をつくり出します。ならば、麺も熱い油で揚げれば穴ができ、そこから湯を注げば、元通りになるのではないだろうか……。
百福がすぐさま、麺を油に入れると、やはり水分が高温の油ではじき出されました。そうして揚げた麺にお湯を注いでみると、水分が抜けた穴からお湯が吸収され麺全体に浸透し、見事にもとのやわらかい状態に戻ったのです。
「発明や発見には、立派な設備や資金はいらない」
そんな言葉を残しているように、何気ない家庭の風景から、百福は思わぬ打開のヒントをつかんだのです。