「あぶさん」と呼ばれた男を訪ねて
「伊丹さんは《佐高》の大先輩だし、私のプロ入りを後押ししてくれた大恩人です。お役に立てるかどうかはわかりませんが、私の知っていることでしたら何でもお話しします」
生前の伊丹とゆかりのある人物はいないか?
数々の資料を当たっていて、「ぜひ話を聞いてみたい」という人物が見つかった。かつて、近鉄バファローズ、日本ハムファイターズに在籍した永渕洋三である。プロ2年目となる69年には、張本勲とともに首位打者を獲得している。無類の酒好きとして知られ、水島新司の人気漫画『あぶさん』の主人公・景浦安武のモデルとなった人物と言われている。
「伊丹さんは《佐高》の先輩です。学制改革によって、私の頃は《佐賀高校》に、伊丹さんの頃はまだ《佐中》、つまり《佐賀中学》と呼ばれていましたね。現在では《佐賀西高校》に改称されていますけど、どんな名前になろうとも、私にとっては《佐高》のままです。
高校卒業後、社会人の東芝で野球を続けることに決めました。当時、伊丹さんは東芝の監督さんでした。で、神宮外苑の苑長さんも兼ねていました」
この言葉にあるように、永渕が東芝入りした61年、伊丹は社会人野球・東芝の監督であり、神宮外苑長も兼務していた。
伊丹が東芝監督を辞し、神宮外苑での仕事に専念したのが62年のことだった。このとき伊丹は、神宮球場史に残る偉業を実現している。
それが、神宮球場のナイター設備竣功である。
――神宮球場にナイター施設を寄進してほしい。
明治神宮外苑が1977年に発行した『半世紀を迎えた 栄光の神宮球場』によれば、伊丹自身も「その可能性はほとんどないと思っていた」と振り返っているが、12月5日、当時の岩下文雄東芝社長は明治神宮宮司・甘露寺受長に対して、「学生野球の発展に寄与するため、会社創立85周年の記念として神宮球場にナイター施設を寄進したい」と申し入れたのである。
球場の近代化のためにも、ナイター敷設は必須であった。問題となる莫大な工事費が無償になる。神宮球場サイドにとって、まさに渡りに船の提案であった。そして、数度の球場専門委員会を経て、12月12日に明治神宮と東京芝浦電機株式会社との間で、正式に寄進締結がなされたのである。誰もが得をする美しい展開となるはずだった。
しかし、事態はここからさらに紆余曲折を経ることとなる。