『先生、また相談させてください』
しかし、日本に住んでいる西廣氏がその事実を知るのは、それから半年後、24年の7月、東京大学で開かれたメディア向けの試写会だった。西廣氏は伊藤氏からの招待ではなく、主催者からの連絡でそのイベントを知り、赴いた場で映画全体を初めて視聴し、衝撃を受けたと話す。
「暗闇でエンドロールが流れる中、この会場にこれ以上いることは耐えられなくなり、そそくさと会場を出ました。エレベーターが来るのを待っていると、伊藤さんが通りかかり、『先生、また相談させてください』と言ってハグをされました。私はなされるがままに彼女にハグをされ、エレベーターが来ると適当に言葉を交わしてその場を去りました。私には、彼女のハグを拒否する気力すらありませんでした」
(記者会見のコメント全文より抜粋)
経緯を知らなければ、なぜ西廣氏がそれほどの絶望感を感じたか、理解するのが難しいだろう。しかし、話し合いの場を持ち、念押しに内容証明まで送付し、「防犯カメラの映像は使用しない」と返答を受けていたうえでのその不意打ちの瞬間を思うと、会見時に語っていた「ズタズタにされた気持ち」という言葉は、決して大げさなものではないのではないだろうか。
もっとも、伊藤氏の代理人らが「本件映画に関する経緯」として記者会見を中止した際に代わりに配布した資料によれば、伊藤さんら制作側は変更点を丁寧に説明してから西廣氏への作品上映を行なうことを考えていたが、試写会の主催者からの弁護団への連絡により、そのような説明がないまま西廣氏らは映画を視聴することになったとの説明がある。
また同資料上で、伊藤詩織氏の代理人らは、ホテルの防犯カメラ映像に関するスターサンズの返答は、オリジナルの映像をそのまま使うことはないという趣旨であり、そこには「解釈の違い」があったと説明する。
「2024年1月10日付けで、本件映画の共同制作会社スターサンズから、西廣弁護士側に、CGで防犯カメラの映像を変更(ホテルのロビーの内装、ホテルの外観、タクシーの形状、山口氏の髪型・服装など)し、ホテルの防犯カメラ映像のオリジナルは使わない方向でと伝える」
(「本件映画に関する経緯」より抜粋。太字は筆者によるもの)
しかし、西廣弁護士の手元に届いたファクスには太字に該当する修飾語はなく、いたってシンプルな文言が綴られていたという。
「弊社としては、本件書面でご指摘の防犯カメラ映像を同映画において使用しない方向で、すでに対策を検討中です」