パリで悲願の金メダルを決め、島川慎一と抱き合う池透暢
パリで悲願の金メダルを決め、島川慎一と抱き合う池透暢
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パリの準決勝、2点差から奇跡の逆転の理由

2024年9月1日、準決勝オーストラリア戦。残り3分53秒で「世界ナンバーワンプレーヤー」と呼ばれるライリー・バットにトライを決められて42-44の2点差になった瞬間、多くの人がこう思ったはずだ。

「準決勝の壁は、果てしなく高い」

車いすラグビーは、ボールを持ったオフェンス側のチームが得点を決める確率が高い競技だ。世界トップクラスである日本とオーストラリアの実力であれば、オフェンス側が90%程度の確率でゴールを決めることを前提にして、作戦を立てる。

「2点差」はわずかに見えるが、2大会連続で準決勝で敗退した日本代表にとって、世界ランキング1位(当時)のオーストラリアは、まごうことなき目の前に立ちはだかる「高い壁」だった。

池はこの時の心境をこう話す。「やっぱり、オーストラリアは強いと思い知らされた瞬間でした。でも、その中でも自分たちのベストプレーを相手に当て続けることしか、勝利の道はなかった。相手に『もうダメだ』という感情を見せずに、『勝ち切る』という気迫をぶつけることに徹底した」

「平常心」を胸に果敢に攻め続けたオーストラリアとの準決勝
「平常心」を胸に果敢に攻め続けたオーストラリアとの準決勝

日本代表の12人の選手のうち、11人が東京大会の悔しさを経験している。パラという大舞台では、一つのミスが命取りになる。そのことを身をもって知っている11人だ。だからこそ、どんな窮地に追い込まれても、「変わらないこと」にこだわってきた。

「東京大会の悔しさを知っている僕たちは、『金メダルを獲る』という覚悟は、どの国にも負けない。それまでの努力、戦略、スタッフの方々の尽力も含めて、僕たちは世界一の準備をしてきたとみんなが思っていました。パラは特別な大会だからといって、特別なことをしていたら良い結果が出るわけではない。そのことをチームみんながイメージできていた」

危機的な状況の中での「平常心」が、相手チームの焦りを誘った。2点差になった直後に橋本がトライを決めると、残り3分6秒で草場が同点トライ。試合を振り出しに戻した。それでも、オーストラリアはバットにボールを集め、食い下がる。だが、これが狙いだった。

一進一退の攻防が続き、残り43秒で日本は47-47の同点に追いついた。しかし、オーストラリアにボールが渡る。

「この時点で、僕らは10%しか勝つ確率はなかった。でも、そこでも何の感情も変えることなく、残り時間もこれまでやってきたことを愚直にやるだけでした」

バットは高い能力を持つが、手に障害があり、パスの精度が低いのが弱点だった。事前の分析通り、オーストラリアにプレッシャーをかけ続けた残り5秒、池がスチールに成功。同点のまま第4ピリオドを終えた。延長に入った日本は、その勢いで延長第1ピリオドを制し、52-51で勝利して悲願の準決勝突破を達成した。

何も変わらないこと──。そのために、あらゆることを想定して準備をしてきた。実際の対戦はなかったが、パリ大会では開催国のフランスと戦うことを想定して、練習のときに大歓声の音をスピーカーで流し、何も聞こえない状況で試合をする練習もした。もちろん、延長戦を想定した紅白戦も何度も繰り返した。

「安定したメンタルで最後までやり抜くこと。それがたとえ、圧倒的に負けていたとしても、選手たちはやるべきことをやる。選手、監督、コーチみんなが、仲間たちのハードワークを『Blieve(信じる)』して、信頼関係の上で成り立っているチームになったこと。個々の選手の成長はもちろんありますが、そういったことが東京大会に比べるとチームとしてかなりレベルアップできたのかなと思っています。だから僕は、キャプテンとしてはパリ大会では何もすることがなかったぐらいでした」