漫画家をダメにするトラップ

初めて連載を持てるというのは、漫画家にとって嬉しいものです。ただ、意気込んで始めた連載がうまくいくとは限りません。

僕の初連載『魔少年ビーティー』も読者からの人気がなく、早々に打ち切りが決まりました。「なぜ人気が出ないんだろう?」と悩みながら、路線は崩さずに最終話を描き上げたところ、その回だけ読者アンケートがすごくよかったのです。

その理由については『漫画術』に書きましたが、打ち切りになっても次につながるようなかたちで終われたのはよかったと思っています。

もし初めての連載がうまくいかなかったとして、もちろん原因は分析しなければいけませんが、読者にウケたいからと他の人気漫画の真似をするのではなく、自分が描きたいことをちゃんと描ききって終わらせましょう。

本書の中で何度か述べてきたように、ウケ狙いは漫画家がハマりやすい大きなトラップです。大袈裟ではなく、ウケを狙って作品がブレていくというのは作家生活にも関わることなのです。

「芸術か、商業か」の選択は、その漫画家の哲学や生き方が問われる部分であり、「自分はこれを描きたい」と心を保ち続けられるかどうかは、漫画家にとって一番大変なところかもしれません。

「これを描きたい!」という気持ちを脇において、「売れるか、売れないか」という視点で漫画を描いていると、それが裏目に出て、描いていて嫌になったり、行き詰まって描けなくなったりする負のスパイラルに入り込み、抜けられなくなるリスクがあります。

たとえば、すごくヒットしていた漫画が、あるときからだんだん人気がなくなっていって、消化不良のような形でなんとなく連載が終わるということがあります。そういう漫画を読んでみると、途中でその漫画のルールだったはずのものが変わり、いろいろブレてしまっていることに気づきます。

もちろん、「こういうのがウケる」ということをまったく考慮しないというのもダメで、人気漫画の手法を参考にする分にはよいでしょう。ただ、ウケるからとあれもこれも無闇に入れていくというのは、ラーメンを作りたくてラーメン屋を始めたのに、「世の中ではカレーと寿司が人気だから、カレーと寿司も出すラーメン屋にしよう」というようなものです。

「芸術か商業かの選択は漫画家の生き方が問われるところ」という荒木飛呂彦が警鐘を鳴らす、漫画家をダメにするトラップとは_3

天才なら「ラーメンとカレーと寿司」をうまくまとめられるのかもしれませんが、普通、そんな店はラーメンを食べたい客からも、カレーを食べたい客からも、寿司を食べたい客からもそっぽを向かれてしまうでしょう。

漫画を描く目的が「売れたいから」というものなら、それを貫き通して売れそうなことをなんでもやってみればいいと思います。でも、ラーメン屋は、やっぱりおいしいラーメンを極めていくことで客に喜んでもらうのが基本中の基本のはずです。