史上3人目の弾劾訴追案が否決されてもいばらの道
12月4日午前に大統領室長が辞意を、午後には閣僚全員が辞意をそれぞれ表明した。同じく午後、国会では野党6党が大統領に対する弾劾訴追案を提出した。同案が国会本会議で5日午前に報告されれば、同6~7日に表決されることになる。
民主化以降の韓国で、大統領の弾劾訴追案が国会を通過したケースは、(ノ・ムヒョン)氏(2004年)と朴槿恵(パク・クネ)氏(2016年)の2人である。
崔順実(チェ・スンシル)氏という個人的な友人が国政にまで介入していたことが明らかになった朴槿恵氏の場合は、憲法裁判所での罷免(2017年)にまで至ったが、盧武鉉氏の場合は、憲法裁判所で弾劾訴追が棄却された。同裁判所での弾劾審判の判断は厳格であって、国民が選挙を通じて選んだ大統領(盧武鉉氏)を免職させることに慎重を期したのだ。
今年に入ってから、「尹錫悦弾劾」を口にする野党議員は絶えなかった。「やりたい放題」の野党であっても、これまで弾劾訴追案提出に踏み切らかったのは、国会でたとえ同案が通過したとしても、犯罪性を立証するのが容易ではない夫人のスキャンダルや政策への単なる不満を中心とした理由では、憲法裁判所で罷免の判断が出るのは簡単ではないという見方が強かったからだ。
ところが、今回は異なる。韓国の憲法学者や弁護士などからは、尹錫悦氏が判断した「自由憲政秩序」の危機が、戒厳を宣布できる憲法第77条1項の「戦時・事変又はこれに準ずる国家非常事態」に該当するとは言い難く、その判断は違憲だという主張が出ているのだ。
また、野党議員のなかには、「大統領は内乱又は外患の罪を犯した場合を除いては、在職中刑事上の訴追を受けない」(第84条)という憲法の条項を持ち出して、大統領を「内乱罪」で逮捕せよと訴えている。
ただ、大統領の弾劾訴追案を国会で可決させるには在籍議員3分の2以上の賛成が必要だ。共に民主党をはじめとする野党議員の総計は192議席である。国民の力が3分の1以上の108議席を確保しているので、同党から8人以上の造反がないと、同案は可決されない。「6人は賛成に回る」という観測もあるが、予断を許さない。
尹錫悦氏にとって運よく否決されたとしても、いばらの道が続くであろう。「勝ち取った民主主義」が消えてしまう気持を味わった国民からの支持は、回復が容易ではない。19%(韓国ギャラップ、11月29日発表)に過ぎない大統領支持率は、そのうち1ケタになるだろう。与党からは離党要求が出て、官僚からもそっぽを向かれるであろう。
「コリアディスカウントの要因をまた作ってしまった」とは、KBSラジオでの識者のコメントだ。K-POPや韓流ドラマで世界を席巻しても、韓国の国家イメージや経済的価値が上昇しないことを、コリアディスカウントと呼ぶことがある。北朝鮮との対峙や内政の不安定さが、その原因だとされる。今回の事態は、これを助長させてしまった。
日韓関係を劇的に改善させた立役者は、尹錫悦氏であった。それだけに、日本社会では尹錫悦政権が終わった後、次に「反日大統領」でも就任したらどうなるのかという「不安」が存在してきた。少なくとも、尹錫悦氏の大統領任期である2027年5月までは猶予されると思われてきたが、その「不安」が早い時期に「現実」になるかもしれない。
トランプ新政権の発足とあいまって、2025年の日本の対外政策にも負担となる状況を、尹錫悦氏は作り出してしまったといってよい。
さらに言及すれば、日本国憲法改正論議をめぐって、時に取り沙汰される「緊急事態条項の創設」が与野党間でテーマとなった際、今回の隣国の事態が、何らかの参考になるかもしれない。
文/小針進