久しぶりに会った時の挨拶
7巻63話で、アシㇼパはフチのお姉さんの家を訪ねて行きます。久しぶりに会ったふたりは、正面を向き合いながら、お互いの髪をなでおろし、背中をさすったり手をさすり合ったりして、再会を喜び合います。これをウルイルイェと呼びます。
女性がやるものと決まっているわけではなくて、男性同士でも行います。私は千歳(ちとせ)の中本ムツ子さんから、両手を交差させて、右手で右手を、左手で左手を握り合って、上下させるというやり方を教わったこともあります。
また、向かい合って、まずお互いの左膝をさすり合い、次にお互いの右膝をさすり合うという作法もあります。女性の場合には、ウルイルイェの際に声を上げて泣くということもしました。
大変大げさなように見えますが、昔、交通手段としては徒歩か丸木舟しかなく、手紙も電話もない世界で、しかも広い北海道に2万数千人しかいないという状況で、離れて暮らしている親戚や知り合いと邂逅するというのは、現代の私たちが考えるよりはるかに稀な出来事でした。
だからお互いに生きて再び巡り合えたことを、体をさすり合って確かめ、喜びに涙を流し合ったのです。
ちなみに、5巻44話で、尾形に銃撃された谷垣がアシㇼパの家を脱出する際に、フチが谷垣のほっぺたをぺたぺたと叩いて、無事を祈る場面があります。これも本当は、谷垣の髪を両手でなでおろすところなのですが、フチと谷垣の間にちょっと身長差がありすぎて、届かなかったのでしょう。
なお、久しぶりに会った時に相手にかける言葉は地方によってさまざまで、沙流(さる)地方や千歳地方では、フチ へー「おばあちゃんかい?」、クマタキヒ ヘー「私の妹かい?」のように、親族名称にヘー「〜かい?」という言葉をつけて言います。別に親戚でなくてもこう言うので、私もおばあちゃんたちにクミッポホ ヘー「私の孫かい?」と声をかけられたものです。
日高(ひだか)の東から十勝(とかち)にかけては、イカターイという言葉がよく使われます。現代の若い人でも、これで挨拶する人がいます。また十勝から東の地域では、イッショロレーとかイシオロレーという言い方が使われます。
最近は、イランカラㇷ゚テーという挨拶が「こんにちは」の意味でよく使われます。これはもともとは儀礼の席で発する形式ばった言葉だったようですが、このように地方によって言葉が違うので、共通の挨拶言葉としてピックアップされ、「イランカラㇷ゚テ・キャンペーン」という活動で近年になって広まったものです。