「オソマ行って来る」という言い方はあるのか?
ついでにもうひとつ、5巻39話で、積丹(しゃこたん)のニシン番屋で殺人鬼の脱獄囚・辺見和雄(へんみかずお)にニシン漬けをふるまわれたアシㇼパは、トイレに行くのに「オソマ行って来る」と言って、杉元に「アシㇼパさん 『お手洗い』って言いな?」と注意されてしまいます。
オソマとは「うんちをする」という意味ですが、さすがにアイヌ語でも普通こんな直接的な言い方はしません。小さい方をする時には、ハンケア「近くに座る」とか、ハンケアㇻパ「近くに行く」のように婉曲的な言い方をします。当然、大きい方をする時には、トゥイマア「遠くに座る」とか、トゥイマアㇻパ「遠くに行く」のように言うわけですね。
「近くに」とか「遠くに」というのは、もちろん小用と大用のトイレが別々にあるわけではなくて、行って帰ってくるまでの時間の違いを、そのように表現しているわけです。
もっとひねった言い方もあって、イウイテㇰカムイ エヌイテㇰ ナ「人を使うカムイが、私を使いだてするよ」と言うこともあります。「使う」を表す言葉にはふたつあって、エイワンケというのは道具を使う場合、ウイテㇰというのは人を使いだてしてあれこれやらせることを言います。
イウイテㇰカムイというのは、そのように人をこきつかうカムイのこと。エヌイテㇰというのは、「私が使いだてされる」ということです。このカムイに用事をいいつけられると、どうやっても自分でその用を足しに行かなければなりません。誰か他の人にやらせるわけにはいかないのです。
もうおわかりですね。イウイテㇰカムイというのは、「尿意、便意」のことを指しています。これはどうしたって席を立って、いいつけに従うしかないでしょう。
文/ 中川裕