「1日1万歩」に科学的根拠はない?
運動が健康に良いという点については異論はないだろう。ただし、それを実践できているかどうかは別問題である。
頭では分かっているものの、忙しくて時間が取れずにあまり運動できていない人も多いのではないだろうか。
では、どれくらい運動すれば病気になりにくくなるのだろうか?
「1日1万歩を歩く」ことが健康に良いと聞いたことがある人は多いだろう。このスローガンは日本発祥だと言われているが、「1万歩」という数字には実は永らく何の根拠もなかったのである。
1780年頃に、スイスの時計師アブラアン・ルイ・ペルレによって歩数計が実用化された。
その後1965年に日本の山佐時計計器から発売された「万歩メーター」が、日本の一般人向けの歩数計の第1号と言われている。
当時は1964年の東京オリンピックを契機に国民の運動・スポーツの機運が高まる中、「歩け歩け運動」や「1日1万歩」運動などを推奨する団体が積極的に歩くことを勧めた。
しかしその一方で、なぜ1万歩なのかという点については、エビデンスは示されなかった。
その後、「1日1万歩」が健康に良いという考え方は世界中に広まり、あたかも科学的に正しい主張であるかのように受け取られるようになったと言われている。
では現在、研究結果からは何が分かっているのだろうか?
2019年5月に、ハーバード大学の研究グループから興味深い研究結果[*1]が報告された。
2011~15年に、約1万7000人の高齢女性(平均年齢72歳)に加速度計を7日間身に着けてもらい、歩数を測定し、2017年末まで追跡したところ、歩数が多い人ほど死亡率が低いという結果であった。
2020年3月に発表された最新の研究[*2]によると、7500歩より多く歩くことでさらに健康上のメリットがあることが分かった。
この研究では、代表性のあるアメリカ人4840人のデータを解析したところ、図1のように、1日1万2000歩くらいまでは歩数が多ければ多いほど死亡率が低いという結果が得られた。
この図は、年齢、性別、食事内容、肥満度、飲酒量や喫煙量などの影響を統計的に取り除いた上で、1日の歩数と死亡率との関係を見たグラフである。
一方で、1万2000歩以上は歩いても健康上のメリットは少なそうである。
つまり、死亡率という観点においては「1日1万歩」神話は必ずしも正しくなく、もっと少ない歩数でも、健康上のメリットは大きいのである。もし無理がないようであれば、1万2000歩を目指してもいいだろう。
もちろん死亡率だけが重要なのではなく、体重や血糖値などその他にも健康の指標はある。それら死亡率以外の健康指標に関しては、歩数が与える影響は異なるかもしれない。
また、これはアメリカ人を調査対象としたデータなので、日本人では結果が異なるという可能性も残っている。
それでもなお、自分たちの生活習慣を見直すとっかかりとしては十分なデータだろう。