このとてつもなくすごい学者は誰なんだ?

安冨 石井紘基という政治家について、実は生前は、私は本当に知らなかったんですね。最初に名前を聞いたのは、お亡くなりになった時のニュースだったと思います。その時は事件の恐ろしさには注目しましたけれども、石井紘基という政治家の仕事については残念ながら知りませんでした。

私の著書に『経済学の船出』(NTT出版、2010年、一月万冊で復刊)という本がありまして、こちらを書く時に、これは日本社会に限らないんですけれども、まず「利益というものがどこから出るか?」という大きな経済学上の問題があります。

普通に大学で教えている経済学では、「利益はゼロになる」という謎の理論になっているのですが、現実の社会では利益がなかったら誰も行動しないわけで、「どこから利益が出るか」というのは経済学の本質的な問題なのです。ですが、あまり誰も真剣に考えていない問題なんですね。

私はその問題について、「コミュニケーションの結節点を押さえることで関所のようなものをつくり、そこで利益が生み出される」という一般則があるのではないかと考えたわけです。

その観点から日本社会を見た時に、どこにどうやって関所がつくられ、守られているのかという問題を考えました。それで、これも日本に限った話ではないのですが、大きな関所をつくることに成功した企業や業界というのは、常に国家権力システムと結びつきます。

というより、そういうものの結びつきとして国家権力システムが成立していると思うのですが、その国家権力システムと関所システムとの関係性を、特に財政という観点から見ている研究者を探したのです。

ところが、私の見た限りでは、アカデミックな研究者で、そういう観点から日本の財政を論じている人というのは、いませんでした。困ったなと思っていたところに、経緯はよく覚えてないのですが、石井紘基の仕事というものを知ったんですね。

それで、YouTubeの石井紘基の番組とかを見て、「この人がそうかもしれない」と思って、主著を拝読したのです。『日本が自滅する日』(PHP研究所、2002年)ですね。これを読んで衝撃を受けたのですが、まさしく財政学の観点で日本経済の構造を明らかにしておられました。そして、私が予想していたよりも日本社会の状態はひどかったという、二重の衝撃を受けたんですね。

それで、「このとてつもなくすごい財政学者」が、暗殺された議員であったということの意味を悟って、3度目の衝撃を受けたんです。事件の後、2009年に、民主党政権が成立しましたけれども、もし石井紘基が健在であって民主党政権が成立していれば、日本の官僚システムはただでは済まなかったと思うのですが、見事に事前に消してあったということに深い衝撃を受けました。

そして、本で予言されていることが、その後着々と実現していっているありさまを見て、先ほども言いましたが、「予言する力」というものに衝撃を受けました。特に大きかったのは、プライバタイゼーション(民営化)の名の下に、あたかも関所的な官僚経済システムが自由化されるかのようなふりをして、実はそうすることによって、国政調査権すら及ばないようなところに利権を隠してしまうことになる。

「だから民営化をしてはならない」と石井さんは警告しておりましたけれども、見事にそのような形で民営化がなされていって、国家権力に巣食うシステムは、国民の、今では国会議員の手すら及ばないところに行ってしまっているわけです。

そういう観点から「アベノミクス」というようなものを見ても、官制経済の本質が明らかになるように感じました。日本銀行を見ても、民主党政権が終わった段階だったら120兆円ぐらいだった資産が、現在は700兆円を超えるようなとんでもない規模のものに拡張しています。

数百兆円を生み出し、中央銀行を巨大化させて何をしたかというと、基本的には「官制経済システムの延命をしていた」と私は理解しているわけです。こんな観点に到達しうる知識は、石井紘基という学者の著作以外では得られなかったと思っています。