金持ちに課税せよ

最後にひとつ、介護経験者である恩蔵や信友、認知症の当事者である丹野の著作に共通する「沈黙」についても触れておきたい。

彼らは共助や寛容の必要性を説くが、社会全体で助け合うために必要な資金(財源)を誰が負担すべきであるかについては、ほとんど語らない。この点については、ごく当たり前に考えて「我が国には、社会保障のための財源が不足しているので、金持ちの税負担を大幅に上げろ」と言うほかないのではないか。

評者は、努力の成果としての一定の格差を肯定するが、資本主義を我が国の「正典」であるとは考えていない。我が国の「現下の正典」は自由民主主義であり、資本主義はその隷下に付随しているはずだからだ。

野村総研の推計【12】によれば、純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の富裕層、5億円以上の超富裕層は、日本国内に約149万世帯。その純金融資産総額は、364兆円に上る。中間層、低所得層の「勤労所得」への課税をこれ以上重くする前に、まずは超富裕層、富裕層の保有資産に課税するのが、人間的な筋というものではあるまいか。

これは個人の努力の否定でも、無効化でもない。超富裕層と富裕層に重課しても、相対的な格差は残り続けるからである。

文/藤野眞功

【1】飯塚友道『認知症パンデミック』(ちくま新書)を参照。

【2】本稿における〈認知症〉は、もっとも患者数の多いアルツハイマー型認知症を指す。

【3】後述する丹野智文のように、若年性認知症を発症しても働いている者もいる。

【4】信友が監督した映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の公開は、2018年。映画をもとにした同名の単行本(新潮社)の刊行は、2019年。恩蔵の著書『脳科学者の母が、認知症になる 記憶を失うとその人は〝その人〟でなくなるのか?』(河出書房新社)の刊行は2019年である。

【5】両親が存命だったのは「脳科学者の母が~」および「ぼけますから~」刊行時の状況である。「認知症介護のリアル」刊行時には、ふたりの母は亡くなっている。

【6】「認知症介護のリアル」より引用。

【7】恩蔵は、専門家としての科学的知見を用い「その人らしさの定義」を拡張することによって、認知症が「拡張された定義における人格」に与える影響を少なく見積もることに成功している。
評者は「知性に基づくコミュニケーション能力」を、一般に定義される「その人らしさ」だと規定しているので、両者の定義にはズレがある。そのため、評者の見地からは「拡張された定義におけるその人らしさ(知性に基づくコミュニケーション能力以外の要素を、その人らしさに含めるという考え方)」は〈非科学的〉である、ということになる。

【8】財源と実現性の観点から、福祉に関する現実的な議論はユートピア的無国境主義ではなく、国民国家の単位でおこなわれるのが常である。

【9】丹野智文『認知症の私から見える社会』(講談社+α新書)

【10】「認知症の私~」より引用。

【11】恩蔵絢子『脳科学者の母が、認知症になる』(河出文庫)より引用。

【12】2023年3月1日 株式会社野村総合研究所ニュースリリースhttps://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2023/230301_1.pdf