65歳以上の5人にひとり

厚労省の予測によれば、早くも来年、日本の認知症患者は700万人に達する。65歳以上の5人にひとりだ【1】。かつて痴呆症と呼ばれた病は「認知症」と看板を付け替えられたが、名前を変えたからといって、病の本質が変わるわけではない。

認知症は、人の知性を委縮させる【2】。それは否定しがたい科学的事実である。

認知症はときに「子供がえり」とも云われるが、認知症患者の「間違った行動」が、幼い子供らの「間違った行動」のように優しく受け取られることは少ないかもしれない。子供らは日々成長して、いずれ社会を支える働き手となるが、認知症患者の知性は委縮していく一方で、成長の見込みはないからだ【3】。

認知症患者は、社会や家庭の厄介者――日々を重ねるごとにできないことが増え、最後には何もできなくなる。脳科学者の恩蔵絢子と信友直子(映画監督)はこうした人間観に抗い、それぞれ興味深い作品を発表した。

高学歴シングルと老親

恩蔵が書いた『脳科学者の母、認知症になる』と、信友が監督した映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』はほとんど同時に発表され、2018年、2019年に話題を呼んだので、タイトルに覚えのある読者も多いだろう【4】。

作品を発表した時期以外にも、恩蔵と信友にはたくさんの共通点がある。まず、ふたりは高学歴者だ。恩蔵は上智大学を経て東京工業大学で博士号を取得、信友は東京大学を卒業している。そして未婚者でもある。彼女らの両親がともに存命で、父ではなく母が認知症を発症したことも重なっている【5】。

ひとつだけ大きく違うのは、両親との生活の密度だ。恩蔵は以前から両親と同居しており、信友は年に一度帰省するかどうかの別居。同じ主題に挑み、同時期に売れたにもかかわらず、これまで接点のなかったふたりの対談を組んだ『認知症介護のリアル 笑いと涙の母娘の日々(そして時々、父も)』からは、立場の違いが綾なす組み合わせの妙と、是正されるべき日本社会の歪みが垣間見える。

『認知症介護のリアル 笑いと涙の母娘の日々(そして時々、父も)』(ビジネス社)
『認知症介護のリアル 笑いと涙の母娘の日々(そして時々、父も)』(ビジネス社)
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