北極海航路という
グレーな題材
――地面師チームがまず目を付けたのは、北海道・苫小牧の土地です。苫小牧はカジノを含むIR(統合型リゾート)の誘致活動が盛んだったんですよね。
IRの誘致には大阪や横浜も名乗りをあげていたんですが、その辺りは土地の権利関係が明確になっていました。苫小牧は、自由に想像できる余地があったんです。実際、ある投資会社がIRを当てにして、法外な値段で苫小牧の土地を買ったんですよ。それはどうも騙されたっぽくて、買った土地は塩漬けになってしまったんです。
――そんなことがあったんですね!
結局、小説の中にも言及がありますが、北海道知事がIRの誘致を断念してしまった。じゃあ苫小牧ではダメだなとなって、僕も地面師たちと同じように、急いで方針転換しました。それで、釧路にしたんです。ある時ネットか何かの記事で、北極海航路の存在を知ったんですよ。要は地球温暖化で北極海の氷がもっと解ければ、今までは東アジアとヨーロッパを結ぶ船の航路は南回りだったんだけれども、北回りも行けるようになる。航行距離を短縮できて経済的なので、これから北極海航路が盛り上がってくるぞ、と。その際に日本の寄港地となる釧路は開発が進むはずだから、調べてみたら「今のうちに土地を買え」と言う人も結構いるんです。かなり怪しい話なんですが、国土交通省も真面目なレポートを出しているし、可能性が全くゼロではないらしい。
――そのグレーな感じがいいですね。
でしょう? とりあえず現地を見てみようとなって、釧路へ取材に行ってみました。そうしたら、一番の目抜き通りはシャッター街で、誰も歩いていない。街一番のショッピングモールもテナントが全然入ってないんです。これはヤバいなと思いながら役所へ行って、港湾空港課の人に「釧路港にクルーザーがいっぱい来て、シンガポールになるみたいな話を聞いたんですけど……」と吹っかけてみたんです。そうしたら担当の人たちが顔を見合わせて、「そんな話聞いたことある?」「いや、ないです」。だからこそ、「いける!」と思ったんですよ。釧路がシンガポールになる、マリーナベイ・サンズができるんだというあり得なさは、地面師という詐欺の題材に向いていると思ったんです。
――釧路の土地の額面は前作の二倍、二〇〇億円。地面師たちがターゲットにしたのは、シンガポールの大手不動産ディベロッパーの御曹司である、ケビンです。前作のターゲットとなった青柳は端的に言うといけすかない人間で、読み進めるうちに「騙されてしまえ!」となっていきましたが、ケビンは逆に「騙されるな!」と応援したくなる人柄です。地面師チームのマヤにころっと心を奪われる子供っぽいところもありますが、父の抑圧から逃れたい一方で父を超えたい、そのためにでかいヤマに賭けるんだという彼の思いは、共感性が高いのではないでしょうか。
そうだったとしたら嬉しいですね。前作とは違うものをという意味でも、騙される側の心理は強化したかったところでした。ケビンに関してはとりあえず、せっかくシンガポールが舞台なので、シンガポール人をターゲットにしたいな、と。日本の文化にある程度理解があったほうがいいだろう、それってスティーブ・ジョブズじゃん、じゃあ禅かなという感じで、東洋思想にかぶれているというキャラクターができあがりました。ただ、ちょっとナイーブすぎましたね(笑)。
現地取材をしたことで
大舞台の場所が変わった
――釧路のプロジェクトを進める地面師たちと、狙われたケビン、ハリソン山中を追うサクラたち警察チーム。複数の視点をスイッチしながら進む物語は、これまた非常にスケールが大きな舞台が対決の場となっています。今作は前作以上に、ロケーションの見事さが際立っていると感じました。
現地取材のおかげですかね。地面師たちが土地の所有者のなりすましを立てて、ケビンとの契約に臨む大舞台は最初、釧路のホテルにしようと思ったんですよ。それで、釧路で一番ゴージャスだというホテルに行ってみたんですが、街中と同じでホテルにも全く人がいなかった(苦笑)。節電で、ロビーの照明が半分落ちている。果たしてここでクライマックスでいいのかとなって、北極海航路との繫がりや「賭け」というテーマとも絡めて、今作の舞台に落ち着いたんです。
――なりすましを立てた契約シーンの「バレる・バレない」のスリルは、ご自身も書いていて楽しかったのではないでしょうか。
詳しい契約のやりとりだとか駆け引きは前作でかっちりやっているので、スリルも出しつつ、今回は笑いを取りに行きましょうという感じでしたね。他人の生年月日は覚えても、干支を聞かれると咄嗟に言えない、という流れは前作のネタをこすりました(笑)。
――「賭け」のテーマが一気に、連続で噴出するクライマックスは大興奮の一言です。
単行本にするにあたってだいぶ直したんですが、今回はとにかく連載が大変だったんですよ。納得のいく展開が思いつかなくて、締め切り三日前に白紙だったことが二回、三回では済まなかったんです。ただ、そこで投げ出さずにじりじり進めていったおかげで、最後の大舞台もそうですし、その後にちょっとだけ出したシーンは自分でもよく書けたなと気に入っています。前作では味わえないものを最後できっちり提示できたんじゃないかな、と。
――この一冊から読むのもありですよね。そこから前作に遡って、こんなことがあったんだと驚いたり納得する、といった楽しみ方ができそうです。そして……さらなる続編も楽しみにしてしまいます。
次はアフリカ編ですかね? 真面目な話をすると、「小説すばる」でスピンオフの連載を始めました。前作『地面師たち』より前の時系列で、その登場人物たちそれぞれを主人公にした短編連作集で、ポップな話になる予定です。それが終わったら……またがっつり重たい、半径五メートル以内の作品に戻りたいと思います(笑)。