侍ジャパン

野球というスポーツが「武士道」に通ずるという考え(あるいは信仰)が今も根強く残ることは、日本代表チームの「侍ジャパン」という愛称からもうかがえる。

たかが野球選手と言うなかれ、日本代表選手たちは国を背負って戦う「侍」なのだ。もっともこれは野球に限った話ではなく、サッカー日本代表チームの愛称も「サムライブルー」だ。この国では何でも「侍」または「サムライ」にすることを好む。

僕ら日本人はいまだに映画『ラストサムライ』を見て、トム・クルーズが「武士道」を体現すべく無謀な戦いを挑む姿に涙するのだから……。

大谷の代名詞である「二刀流」という言葉のルーツも、日本史上に残る伝説的剣豪・宮本武蔵が約400年前に編み出した剣術にある。

その言葉通り、武蔵は片手ではなく両手に刀を持って戦っていたのだ。では現代の「侍」である大谷も両手にバットを持っているのかというと、もちろんそうではない。

投手と打者の両方をやることを半ば強引に「二刀流」と僕らは言っているのだ。ちなみにアメリカで大谷は〝two-way player〟とシンプルに表現される。

個人的には、投打の両方をやることで相乗効果が生まれるという意味を込め〝hybrid player〟(ハイブリッド・プレーヤー)とでも言ったほうが的確で響きもいいと思うのだがどうだろうか? 世界で普及しているハイブリッドカーも日本メーカーの発明というのは余談だが。

宮本武蔵像
宮本武蔵像
すべての画像を見る

大谷の「二刀流」は今や完全に定着しているが、しかし大谷が影響を受けているのは宮本武蔵ではなく、幼少期に遊んだパワプロである。

大谷にとって野球は「武士道」の追究などという大げさなものではなく、ただ単に楽しくて仕方がないゲームなのだ。だから「二刀流」ではなく「コントローラー2台持ち」とでも言ったほうが、本当は大谷のキャラクターに合っているのかもしれない。

そういえば、野球の試合は英語で〝game〟と表現する。イギリス生まれのサッカーやラグビーの試合は〝match〟だが、アメリカ生まれの野球は〝game〟なのだ。そう考えると、大谷のように野球をゲーム感覚で楽しむというのは、それこそが野球本来の正しい楽しみ方であるような気がしてくる。

パワプロを発明した日本から現代野球最高の選手が生まれたのは、もしかすると必然だったのかもしれない。


写真/shutterstock

大谷翔平の社会学 (扶桑社新書)
内野宗治
大谷翔平の社会学 (扶桑社新書)
2024/4/24
1,155円(税込)
352ページ
ISBN: 978-4594097400

はじめに
球界のスターを突如襲った初の大スキャンダル/「大谷が結婚市場から消えた!」/「日本の恋人」大谷翔平と「アメリカの恋人」テイラー・スウィフト/

第1章 大谷翔平という「社会現象」
カリフォルニア州の税制にまで影響を与える男/スペイン語のラップに登場した〝Ohtani〟/2021年の日本で最も「流行った」大谷翔平

第2章 日本の「文化的アイコン」そして「神」になった大谷
年間45億円のスポンサー収入/「出すぎた杭」/SNS時代の「映(ば)える男」/「アメリカでの評価」を伝える日本メディア/「大谷教」の信者たち/読売ジャイアンツよりもファンが多い大谷

第3章「1015億円の男」を生んだ現代のグローバル資本主義
大谷の1015億円契約、12年前なら「602億円」/MLBの選手年俸はNPBの13倍/クリスティアーノ・ロナウドの年収は389億円/一晩で4000万円を稼ぐDJ/DJとアスリート、グローバルアイコンの代償/アメリカで「アニメキャラ」になった大谷

第4章 現代日本「三種の神器」、スシ、アニメ、ショーヘイ・オータニ
「なおエ」な日本メディア/スポーツは「代理戦争」/「大人の事情」で夢を絶たれた日本人メジャーリーガー第1号/日本人メジャーリーガー「空白」の30年/日本人メジャーリーガー「続出」の30年/大谷を利用した「スポーツ・ウォッシング」/コロナ禍と大谷フィーバー/大谷の「ヒーローズ・ジャーニー」

第5章 ビデオゲーム化する現代野球と「パワプロ的」な大谷のホームラン
大谷のホームラン映像が持つ中毒性/テクノロジーと現代的な「大谷ウォッチ」スタイル/ただの「娯楽」になった野球/「ビデオ化する野球」を嘆くイチローとダルビッシュ/「自分の育成ゲーム」。パワプロ的な大谷

第6章 2023年のヌートバー旋風から考える「もし大谷が18歳で渡米していたら?」
侍ジャパンの「胡椒」になった男/「侍魂」を持った大谷の相棒/日本では「色物扱い」/もし侍ジャパンが日系選手だらけになったら?/加藤豪将とマイコラスの場合/「日本の息子」になった大谷/日本球界をスルーした田澤純一とできなかった菊池雄星/サラリーマン的な日本球界/「亡命」同然だった日本人選手のMLB移籍/「内向き」な日本球界/「飛び級」を許さない国

第7章 韓国人メジャーリーガーとK-POP 逞しきグローバルマインド
オールスターゲームでの日韓戦/「兵役免除」を懸けて戦う韓国代表/マイナーリーグ経由の「叩き上げ」が多い韓国人メジャーリーガー/韓国のアマチュア選手が即メジャーを目指すワケ/プエルトリコのローカルラジオで聞いたK-POP/サバイバルとしての海外生活/韓国人選手初の「エリートコース」を歩んだ柳賢振/日本球界を「スルー」する韓国人選手たち

第8章 〝Ohtani in the U.S.A.〟リベラル時代の新ヒーロー
アメリカの有名雑誌『GQ』の表紙を飾った大谷/野球界の救世主/アウトサイダー」だからこそ救世主になったのか?/「野球界のユートピア」日本/大谷とは正反対だった〝元祖二刀流〟ベーブ・ルースのキャラクター/リベラルな時代の波に乗った大谷翔平/すでに政治的なメッセージを帯びている大谷

第9章 MLBの日本人差別と、日本球界の「ガイジン」差別
バースと王貞治の本塁打記録/「ジャップにタイトルを獲らせるな!」/「白人至上主義者」の監督に差別された日本人メジャーリーガーたち/「白人用」と「黒人用」に分かれているマイナーリーグのバス/「球団記録」ですらない村上宗隆の56本塁打が騒がれるワケ/スポーツは「性」を連想させる/大谷は「最強のオス」/日本人選手のイメージを刷新した大谷のパワー/「今まで見た中で最も身体能力に恵まれた野球選手」/日本人パワーヒッターの残念な歴史/日本人のパワー不足をハッキリと口にしたダルビッシュ

第10章 アメリカ人記者に「ロボット」呼ばわりされる大谷の「追っかけ」
取材対象としての大谷/MLBの「日本人村」/イチロー取材の「ルール」/メディアは敵?/大谷の「チアリーダー」に徹する日本メディア

第11章 野茂の「980万円」から大谷の「1000億円」まで日本人メジャーリーガーの「時価」変遷

「スポーティングニュース」アメリカ編集部からの依頼/「日本はナメられている」と言ったダルビッシュ/サイ・ヤング賞2度の投手をはるかに上回った山本由伸の契約/
野茂の「980万円」から山本の「463億円」まで 日本人投手の「株価」変遷/
イチローの「15億円」から大谷の「1015億円」まで 日本人打者の「株価」変遷/日本人打者の低評価を覆した大谷


おわりに 「大谷翔平の社会学」ができるまで〜自己紹介に代えて
1986年生まれ、パワプロ育ち/アメリカで体感したイチロー旋風と「日韓戦」/一介のブロガーからMLBの記者席へ/「プロの物書き」としての楽しみと葛藤/「スポーティングニュース」副編集長就任、からの日本脱出/「ダルビッシュから浮気したの?」/社会学者でもスポーツ記者でもないけれど……

amazon