「言葉では表現できない。だから踊る」
ロシア軍の猛攻を受けて苦戦する前線で任務に就く夫の身の安全を「心配しない日はない」というヴィカ。キーウでさえも空襲警報が鳴り響く日々に精神的にも大きな影響があるという。彼女には海外の芸術学校や劇団からの誘いがあり、ウクライナを去るという選択肢もあった。
「海外を舞台に活動するのは長年の夢でした。キーウでの生活でさえ恐怖を感じることもありますが、私にとってはウクライナを離れることのほうが恐ろしいです。キーウから電車に乗れば6時間で夫に会いに行けますし、少しでも夫の身近にいられるほうが私は落ち着いていられます。だから、私は夫と共にウクライナで生きることを選択しました」
ヴィカがダンスを披露してくれるということでクラマトルスクから70kmほど北に位置するイジュームへと向かった。イジュームは2022年9月にウクライナ軍の大規模反転攻勢よって奪還された街の一つだ。
“第二のブチャ”と呼ばれるイジュームではロシア軍による大量虐殺が行なわれ、私自身、奪還直後に取材で訪れた際に多くの遺体が埋葬された集団墓地を目撃した。現在は住民が戻りつつあるが、街のあちこちで破壊された建物を見ることができる。ヴィカが向かったのもそんな戦争の傷跡の1つだった。
そのアパートは2022年3月9日にロシア軍のミサイル攻撃によって地下に避難していた44人の住民が死亡するという悲劇に見舞われた。半壊した建物の周囲には亡くなった住民の遺影と花が飾られている。崩れた壁には大きな一輪のひまわりが描かれている。
戦争前と比べて彼女のダンスのスタイルは変わったのか?
「ロシアの侵攻後、表現の方向性は変わりました。戦争前は自分自身の“情熱”だけで踊っていたけど、戦争が始まってからは他者の思いも背負って踊るようになりました。私が生きている今日を生きられなかった人たちがいる中で、どうして私は踊るのか? 多くの人たちの怒りや悲しみとともに私は戦争前よりもたくさんの言葉を持つようになりましたが、これまで以上に言葉では表現することのできない思いをダンスで表現するようになりました」
ヴィカの全身を使ったダンスは見ている人の感情を揺さぶる力があった。
戦争の虚しさ、亡くなった人々の無念が表現されていた。過去に私がここで見た虐殺された住民の姿を思い出した。