「松本不在」というモヤモヤを感じる番組に必要なのは?

松本不在で改めて感じるのは句点の「。」をつける存在の重要性だ。オチをつけるというのともちょっと違う。その人が何か言うことで番組に「。」がつく。そういう存在である。

そういう人がいない番組は「。」のない文章のようになんだか落ち着かない状況になる。

『ちびまる子ちゃん』声優交代、松本人志不在のピンチヒッター…「代役・交代」をエンタメ化して消費してきたテレビ番組が直面する課題_2

『だれかtoなかい』は中居くん自体が「。」をつけられる存在なので、松本の代役はかならずしもそういう能力を持った人でなくともよかった。

一方、松本が今回の件以前に正式に降板している『ワイドナショー』(フジテレビ系列)が、いまだになんとなく松本不在を感じさせ続けているのは「。」をつける役回りの人がいないままだからである。

テレビで、代役を立てたり、交代したりするときは、その対象が番組にとってどのような存在であるかをよくよく考えなくてはならないのである。