談志に言われた「お前すげえやつだな、売れるぞ」
――『バカの遺言』にはそういう師匠の“コミュニケーションお化け”なエピソードがたくさん出てきます。
僕が前座のとき、昭和37~38年の頃かな。夏、昼席で2時頃、(立川)談志さんが飛び込んできた。「暑い、 暑い」って言って。「こういう暑い日はなー、落語やるのは面倒くさいしな、しょうがない、風呂でも行くか」って言ったんですよ。
落語の前座は着物畳んだり座布団返したりお茶出したり、すごい働かなきゃいけないの。終わると自分も汗かくから、お風呂行くための一式は常に持っていたのね。タオルと石鹼箱と、それから髭剃り。
で、談志さんが降りてきて着替えて「風呂行く」って騒いでいるから、僕が「これ使ってください」って風呂道具一式を出したの。そしたら、談志さんに「お前すげえやつだな、売れるぞ」って言われたの。それから談志さんがなにかっていうと僕に目を掛けてくれて、「おい、木久蔵いるか」っつって。
――すごい。
当時、あの人まだ柳家小ゑんっていって、お弟子さんいないときだから、そのカバン持ちみたいな役でいつも引っ張られて。
あの人はね、すごいお金稼ぐのが上手くて。当時、キャバレーの仕事があったんだけど、ストリップとかものまねとか、あと歌手が歌う中で、漫談やってたのはあの人だけだった。それで、エッチな話もずいぶんしていてね。だってお酒飲んで女の子をなんとかしようとしてる場所だから、普通の話しても誰も聞かないわけです。
――なるほど。
談志さんが参議院選に立候補したときも手伝いましたよ。演説するにもやっぱり政策は喋らないんですよね。いきなりね、「俺はおもしろいことを言うからな、笑ったやつは一票入れてくれ」って。
「犬がいるんだ、大きい犬がな。それ連れて太ったオヤジがこっちから来るんだよ。でね? 小さい犬ね、胴体が長くて足が短くて顔の長い犬連れてね、こっちから若いやつが来るんだ。街角だろ? 犬と犬だ。喧嘩、すげぇぞ~、ワワワワン~!」「小さい犬が強くてね、大きい犬が喉のとこ噛まれちゃって隅っこでキャンキャン鳴いてるんだよ。大きい犬連れてきたおいちゃんが驚いちゃってねぇ。『強い犬ですねぇ。小さいくせに強えや。見たこともない種類ですけど、この犬はどういった犬なんですか?』『あ、この犬はね、尻尾を切って白く塗る前はワニだったんです』」。
それが演説なんだよ(笑)。
でも錦糸町駅前の、立って聞いていた有権者みんな笑った。そういう体験はさせてもらいましたね。
――寂しそうなやすしさんに話しかけたり、談志さんに入浴セットをさりげなく渡したりという“気配り”から縁が始まった。
“気が付く”って言うのが昔からありますね。
取材・文/西澤千央 撮影/野﨑慧嗣