ジャニーズ事務所で行われた「環境ごとグルーミング」

川本 私が担当した事案のなかでも、部活の顧問の教師が何人もの生徒を同時並行的にグルーミングし、その上の代の生徒たちにまで性加害に及んでいたことが発覚した件もよくあります。

そこでは、たとえ子どもの帰りが遅くなっても「あの部活は帰りが遅いから」とか、その顧問教師とLINEを個人的に交換していても「あの部活は指導が熱心だから」と保護者までも見過ごしがちになったり、教師が「セックスすると集中力が上がるんだ」など性的な表現をしても「あの先生はよくそういう下ネタを言うから」とスルーしてしまうなど、部活という環境ごとグルーミングされていきます。

周囲に絶大な影響を及ぼし、コントロールするという意味では、加害者はまるで小さな教祖様のような立ち位置になります。

斉藤 環境ごとグルーミングされてしまっては、性加害の実態が「わが部の伝統だから」と隠蔽され、受け継がれていくことがあります。逆にいえば環境ごとグルーミングしなければ、どんな権力者でもひとりだけで性加害行為を続けることは至難の業です。構造としては、ジャニーズ事務所の一件と相似だと思います。

川本 刑事訴訟法では、起訴するにあたって犯行が行われた日時・場所・方法を可能な限り特定することが定められているんです(刑訴256条第3項)。

ただ、こうした長期に及ぶグルーミングや子どもへの性暴力の場合、被害が長期間にわたるため、「いつ行われたか」という日時を特定するのが難しいので、起訴のハードルが上がってしまうんです。

斉藤 とくに幼児から小学校低学年くらいだと、性加害を受けていても記憶があいまいになっていたり、そもそも自分が何をされているのかもよくわかっていなかった、ということもあります。

子どもが抱える「闇」と「孤立」を測りながら、巧妙に子どもを手なずけるグルーミングの手口。性加害者が使い分けるアメとムチ_2
写真はイメージです

川本 運動会などのイベントがあったときは記憶に残りやすいので、もし被害者が記憶をたどった末に「運動会の日にも被害にあいました」と言えば、その日だけは立件してくれる……というわけです。よくインターネットでは「こんなに性加害が長期間に及んでいるのに、懲役はこれだけ?」といった意見も交わされますが、その場合も起訴されているのは「運動会の日、1件だけ」だったりします。

斉藤 被害者としては加害を受けたことはわかっているのに、それがいつだったか日時が特定できない限り、事件として取り上げられないんですね。これは法律の世界では常識なんでしょうか?

川本 とくに性犯罪の場合は立件できません。覚醒剤だと、尿から成分が検出されれば、使用した日時や場所について厳密に特定できなくても有罪とする裁判例もありますが、覚醒剤とパラレルに考えるのは甘いです。

斉藤 私も仕事柄、加害者側の調書をよく見るのですが、「こんなに性犯罪を繰り返しているのに、なぜ起訴されたのはこれだけなのだろう?」と感じるケースも多かったのはこのためだったんですね。これも法の専門家の間ではもはや常識的なことだと思うのですが、上限が有期刑だと、何十人、何百人と子どもへの性加害を繰り返しても無期懲役にはならないのですか?

川本 刑事裁判の場合、1件の有期懲役の上限は20年、2件以上の場合は「併合罪」となり、法定刑の長期のほうが1.5倍になります。30年が上限ということです。つまり不同意性交等罪では30年を超える判決は出ません。ただ被害者がケガをした場合は、不同意性交等致傷罪(旧・強制性交等致傷罪)となり、無期懲役が法定刑に含まれてきます。