スナックはママしだい、漫画もキャラしだい

――作者として、アニメのどんなところを楽しみにしていますか?

キャラが動いてしゃべる完成版はどうなるのだろうと、純粋に楽しみにしています。

どこを楽しみにしているかは、原作を追いかけてくれている読者とあまり変わらないのではという気がします。下手すりゃそういう読者のほうがよっぽどファナティックな目線かもしれません。

強いて作者としての楽しみを言うなら、金金金金の金の話やね!

若者の間では何が流行るか予想がつかないから、どうにかチャンスを掴めんだろうか。
まかり間違って本編を観ていない女児にウケたりして、親御さんの財布からいくらかいただけんだろうか……アニメ制作陣に期待を込めて、敢えて言いたい。一生働かなくて済むだけのお金を儲けさせてくれや…!

©フォビドゥン澁川/集英社
©フォビドゥン澁川/集英社

――原作の話に移ります。そもそもスナックを舞台にした理由を教えてください。

連載に向けてプロットを量産していたのですが、その中に「めぞん漆黒」というアパートの大家さんの話がありまして、当時の編集長様が「このアパートの住人のスナック従業員を主役にしてみたら」と。…なんで?

近所のスナックには友達とたまに行っていたのでそこを参考に、老獪なママがいて奔放なチーママがいて…という感じで『スナックバス江』の非常に簡単なプロット案ができました。札幌の北24条という立地も、すすきのだとちょっと欲望が渦巻きすぎちゃうかなとか、住宅街にひっそり佇んでいるようなスナックだと漫画として地味すぎるかなとかいろいろありまして、間を取って北24条がちょうどいいじゃんという感じで決まりました。

なのでスナックを舞台にした理由にそれほど深いものはありません。舞台と決めたからにはスナックの「文化」を描き切らねばならぬという使命感に燃えてしまったりもしましたが、取材と言う名の飲み歩きを通じて、そんな肩ひじ張ってるママさんも「おらんがな!」となったので、まぁギャグ漫画だし楽しくやろうやという感じで落ち着きました。

楽しい場所を舞台にしたから漫画を描くのも楽しくやれているのかなという感じはします。
こうして振り返ってみると、スナックはママしだい、漫画もキャラしだい…という通ずる部分があってのディレクションだったのかしら…?