メスを入れるのは「非付加価値活動」から

会社のお金を大事に使うことへの意識を高めるのは、その企業の規模が大きければ大きいほど「言うは易く行なうは難し」です。

中小企業であれば、とくに経営者には良くも悪くも「会社のお金は自分の金」という意識がありますが、大企業に勤めている人は、そうした感覚はどうしても持ちにくい。だからこそ、具体的な改革を重ねて風土をつくるほかありません。各部署に責任者を置くなどすることからスタートしてもいいでしょう。

その際、注意しないといけないのが、お客さまに対しての活動にメスを入れるのは「最後の手段」だということです。

管理会計の言葉に「付加価値活動」と「非付加価値活動」というものがあります。

付加価値活動とは、お客さまに対する価値を高める活動のことで、製造や営業などがこれに当たります。一方で非付加価値活動とは、経理事務や内部で会議をしたり書類を作成したりする活動を指します。製造や営業部門でも非付加価値活動は存在します。

コストカットは、まずは非付加価値活動から着手するのが鉄則です。

ふたたびJALのケースをお話しすると、経営不振に陥っていたとき、私がヨーロッパにビジネスクラスで出張した際、希望した食事がすでに在庫切れだと断られた体験があります。もちろん、さまざまな事情があったことは推察しますが、苦境に立たされたときに、このようにお客さまに対する活動から削減していく企業は、意外と少なくありません。

しかし、お客さまはQPS、すなわちQuality、Price、Serviceの組み合わせでどの会社を選ぶかを決めているわけで、そうした一度の体験から、その会社が見放されても不思議はありません。

無論、フードロスの観点から無駄なストックを持てとはいいませんが、とくに高いサービスを求めてその分の高い金額を支払っている乗客に対しては、相応のサービスを提供しなければいけませんし、その本分を忘れてコストカットしていれば本末転倒というものです。

その後、JALは改革の末、私から見ても非常に素晴らしいサービスを行なう会社へと甦りました。やはり、稲盛さんが「外の目線」を採り入れたからでしょう。

たとえば、そのころ、私は頻繁に東京‒大阪間を往復していたので、少しでも時間を節約するために飛行機を利用していたのですが、JALのファーストクラスでは、温かいものと冷たいものは分けて、きちんとした食器に盛られた食事が提供されました。コーヒーはコーヒーカップ、ワインはワイングラスです。食事は弁当、飲み物は紙コップで提供する競合よりも、はるかに付加価値が高いサービスでした。

激変した「JALのファーストクラス」顧客も喜ぶ「コストカット」でやめたこととは〈経営破綻したJALを再建した稲盛和夫の改革〉_2

それとともに、ファーストクラスのチケットの値引きもなくなりました。以前は、購入する時期などによってはエコノミーと同程度の値段で買うこともできたのですが、それをしないようになったのです。ファーストクラスに乗って、それだけのサービスを受けたい人は、それでも乗るのです。

お客さまから見て付加価値が高ければ、価格は高くできます。付加価値活動のコストを削減して、付加価値を下げてしまっては、利益を圧迫するだけです。

私が経営者の方によくお話しするのは、「一番厳しいお客さまの目になって、自分の会社を見ないといけない」ということです。とくに航空は新規参入がそれほど簡単な業界ではありませんから、どうしても内部志向になりやすい。だからこそ、経営者はつねに外部志向を意識しないといけないし、それがひいては従業員全体の経営やお金のリテラシーを培うことにもつながります。

値段を下げて客数を増やそうと、提供する食事をつくるコストを削減した結果、味が落ちて客離れを起こしてしまったファミリーレストランなど、付加価値活動のコストカットによって経営が悪化した例は数多くあります。コストカットの大原則は、非付加価値活動から行なうということです。