「息子がこれだけのことをしたんですから、
私たちは話をしなければならないんですよ!」
昭和10年ごろから住んでいるという自宅で、両親は小さいころのKの写真を手に取りながら筆者らと向き合った。
「小さいころは本当に普通の子でした。小学1年生から6年生までは健康で皆勤賞。まあ、普通の子、手のかからん子でしたよ」
Kの幼少期を懐かしむような様子で父親が語り始めたそのとき、父親の携帯がけたたましく鳴った――。
電話中の父親に代わって、母親にKの幼少期のことや事件の動機になった愛犬のことについて尋ねた。Kの飼っていた愛犬は“チロ”という名前だった。Kは警視庁に出頭する直前、便せん5枚からなる手紙を両親に送っており、その手紙には犯行動機となったチロのことが綴られていた。
母親は父親の電話相手をやや気にしつつも、愛犬のチロについて次のように答えてくれた。
「チロのことは全然覚えていないんですが、保健所と言われてみれば、そういうこともあったのかなというぐらいで、そんなに気に留めることもないような……。その後も犬を飼いましたから」
母親から愛犬の話を聞きながらも、どうしても父親の電話が気になってしまう。気もそぞろに父親の電話に聞き耳を立てた。
「息子がこれだけのことをしたんですから、私たちは話をしなければならないんですよ!」
警察と思しき相手と話をしている様子が窺えた。電話を終えた父親は再び筆者らと向き合ったが、取材開始時とは明らかに様子が違っていた。
「チロは首輪が外れて逃げ出したので、たぶん野犬狩りに捕まって殺されてしまったと思うんです……。息子はふさぎ込んで2階で泣いていたと思います。大学入学時、紙に包んだチロの毛を大事に持っていった息子の姿を、女房は覚えていたみたいですけど……」
警察と電話したあと、父親は会話に消極的になっていた。
「息子が埼玉に住んでいたのは知っていましたが、10年前から連絡はありませんでした……。ただひたすら被害者に対するお詫びの気持ちです……。もうこのへんで……」
両親は取材中、ずっと頭を垂れ続けていた。世間を震撼させた元厚生事務次官宅連続襲撃事件の容疑者両親への取材はこうして幕を下ろした。
殺された愛犬の恨みを動機に3人を殺傷したK。その後、2010年3月30日に死刑判決が下され、控訴審を経て2014年6月13日に死刑が確定した。公判中、Kは最後まで「飼い犬の仇をとるため」との主張を繰り返していた。
取材・文/大島佑介