同級生と自分を比べてしまう
この2つめの職場でも、遠回しな表現が分からずコミュニケーションの齟齬が起きたことがあった。
「職場の人たちは基本的にみんないい人ばかりで私を責める人はいませんでした。そしてお昼休みは交代制で、私はいつも早い時間にお昼に行かせてもらっていました。ところがある日、上司が「僕、今日13時から会議だわ」と言ってきて、私はそれをただの報告だと思って、いつもと同じ時間に昼休みを取りました。
でも後から別の人に聞いたら、「あれ、村上さんが先にお昼に行くのではなくて、〈会議があるから僕に譲ってほしい〉という意味だよ」と言われまして……。そうか、普通の人にとってあの言い回しはそういう意味になるのかと」
ふたたび転職した村上さんは現在、冒頭に述べた通信会社で障害者雇用にて経理担当として働いている。残業をしなくてよかったり、困りごとが発生した際はすぐに誰かにフォローを頼めたり、マルチタスクでパニックにならないように段階的に仕事を振ってくれたりと、合理的配慮がなされているという。
しかし給与は安く、年収は320万円程度だ。ただ、今までの会社もどちらかというとブラック寄りでもともと給与が少なかったので、経済的な面ではそこまで変わらないとも語る。
「今は結婚しているので夫と二馬力(共働き)で生活できている感じです。でも、同級生のSNSを見ると、今の私の給与ではとてもじゃないけど体験できないような趣味にお金を使っていたり、長期休暇の際はヨーロッパ旅行に行っている様子がアップされていて、同じ学歴なのに……と勝手にコンプレックスを感じて落ち込むことがあります。
また、意地悪な同級生に会った際は「君の会社は資本金いくら?」と訊かれたこともありました」
経理の仕事においては会社によっては簿記の資格を取ると手当がつく場合もある。学生時代に猛勉強して阪大に受かったときのように簿記の資格を取らないのかと聞くと、「褒められないと勉強ができない」という答えが帰ってきた。
村上さんは発達障害の苦しみも負っているが、父親との関係性も複雑であるように思える。「父親が厳しかったので、大学受験のときも試験で良い成績をとって良い大学に入れば親も喜んでくれるかなと思っていたんです。でも今、簿記の勉強をしても褒めてくれる人はいません。モチベーションが上がらないんです」
難関国立大学である阪大を卒業してもエリートになれない。そしてつい、定型発達で、うまくいっているように見える同期と自分を比べてしまう。「阪大卒」という本来なら喜ぶべき事実が、彼女を生きづらくさせているのだ。
文/姫野桂
写真/shutterstock