“超”長時間労働が常態化

【映画業界の闇】暴力、セクハラ、低賃金、超過労働がもたらす事故や人材流出が止まらない…現役映画プロデューサーが証言する撮影現場のリアル_4

ところで、「スタッフに支払うギャラは彼らの拘束日数に比例する」ということは、全体予算を抑えたければ、スタッフの1日あたりの稼働時間を限界まで長くすればいい。映画業界で超長時間労働が常態化しているのはこのためだ。

当然ながら、長時間労働も人が入ってこない、あるいは居つかない原因のひとつだ。ものづくりの現場において「時間をかければいいものができる」はひとつの真理かもしれないが、それにしても限度がある。

長時間労働は悲惨な労災も招く。たとえば2009年には映画『告白』の制作進行を務めていた22歳の男性が機材運搬のためトラックを運転中に高速道路で事故を起こして亡くなったが、過労による寝不足が原因だとされた。

Aさんも制作部時代、寝不足で車を運転して「死ぬかも」と思ったことが何度もあるという。一時は業界から足を洗おうとしたが、プロデューサーになるという目標があったことでなんとか続けられた。

「そもそも車を運転するのは車両部の仕事であって、制作部の仕事ではありません。だけどほとんどの現場は予算を抑えるために、制作部が運転をする慣習があります。私自身、昔からそれっておかしくないかな?とずっと思っていました」(Bさん)

「昔は長時間労働なんて当たり前だと思っていましたが、今は当たり前だと思っていませんし、若い人たちにはできるだけそういう思いをさせたくない」(Aさん)

【映画業界の闇】暴力、セクハラ、低賃金、超過労働がもたらす事故や人材流出が止まらない…現役映画プロデューサーが証言する撮影現場のリアル_5
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そんなAさんとBさんは最近、それぞれ関わっている作品で「映適マーク」を申請した。これは2023年4月1日から始まった「日本映画制作適正化認定制度」に基づいたもの。制作現場の労働環境などが適正だと認定された作品に表示される。

映適マークが与えられる条件としては、「1日の撮影時間は、準備や撤収を含め原則1日13時間以内」「週に1回の撮影休暇に加えて、2週間に1日は完全に休む日を設ける」などがある。一般的な感覚からすると、これでも結構な「ブラック」だが、逆に言えば、映画業界はこれよりはるかに過酷な労働環境が「普通」であるということだ。

日本映画制作適正化認定制度については、「十分でない」との批判もある。是枝裕和監督も映適のガイドラインについて「今回のガイドラインの条件では、依然として映画業界を諦めざるを得ない人が出てくるでしょう」と手厳しい。

ただ、それでもAさんとBさんはこの制度を評価する。後編では、映適によって現場がどう変わったのか。制度がもたらす映画業界への意外な波及効果について、ふたりにさらに話を聞く。

文/稲田豊史

#2 労働環境と作品の質を激変させる「映適マーク」とは