ネタニヤフ政権の弱体化につけこんだ説の信ぴょう性

ただ、今回の奇襲がイスラエル軍のガザ住民への攻撃を誘発したことで、実際にサウジアラビアとイスラエルの接近は頓挫してしまった。一般住民が殺されることで、アラブ・イスラム世界からすれば「イスラエルがイスラム教徒を殺している」という構図になったからだ。

実際、サウジアラビアはイスラエル批判を明確にしている。そういう意味ではハマスの政治的な利点にはなるが、その目的のためにハマスが相手の反撃による住民の大きな犠牲を覚悟してリスキーな行動を選択したのかといえば、それはわからない。

筆者自身は、それよりもハマス本来の対イスラエル攻撃の継続とみたほうが自然に感じる。

なお、今回の奇襲の直後、ハマスの駐イラン代表者が「アラブの国々はイスラエルとの接近をやめるべきだ」と発言している。イランはもともとサウジアラビアとイスラエルの接近を強く非難していたが、それに同調する発言といえる。

ちなみに、ハマスに軍事支援を与えているのはイランの工作機関であり、イランが今回の奇襲の黒幕ではないかとの説もあるが、その証拠はまだ発見されていない。ただ、今回の奇襲はイランの利益になることでもあり、ハマスがスポンサーであるイランに秘密にするのは不自然だ。イランの関与の度合いは今後、微妙な国際問題になっていくかもしれない。

5月12日、イスラエル軍によるガザ地区のデイル・エル・バラへの空爆で破壊された建物に集まるパレスチナ人 写真/shutterstock
5月12日、イスラエル軍によるガザ地区のデイル・エル・バラへの空爆で破壊された建物に集まるパレスチナ人 写真/shutterstock
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もうひとつ、国際報道で解説されている推測には、「イスラエルのネタニヤフ政権が司法改革の強行などで政治的に弱体化しており、今なら対応力が落ちているとハマスが考えたのだろう」という説がある。これはそうした推測もあり得るが、ハマスによる攻撃の動機というには弱い。

日本でも海外でも国際紛争の大事件発生時には、報道解説で「こうも考えられる」との推測がいくつも前面に出てくるが、「確認されたこと」「ある程度、客観的に言えそうなこと」「あくまで推測に留まること」などが混合するのが常なので、そこは情報を整理して考える必要がある。

取材・文/黒井文太郎

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