「アラブの大義」をめぐる2つの大国の思惑

おそらくハマスの奇襲作戦そのものの準備期間は1年近くとみられるが、いずれにせよそのわずかな期間で出撃が可能なまで戦力再建ができたわけだ。つまり、戦力が整ったので、従来どおり対イスラエル攻撃を実行したという流れになる。

ただ、今回はハマス側が「壁を壊して周辺を襲撃する」というまったく新しい攻撃手段を思いついたために、イスラエル側に過去に例のない大きな被害が出てしまい、たいへんな事態に至っている。

10月7日、パレスチナ自治区にあるイスラエルとの国境フェンスを越えてイスラエルの戦車を制圧するパレスチナ人 写真/DPA・共同通信イメージズ
10月7日、パレスチナ自治区にあるイスラエルとの国境フェンスを越えてイスラエルの戦車を制圧するパレスチナ人 写真/DPA・共同通信イメージズ

ハマス自身は今回の攻撃の目的を、イスラエル側がパレスチナ住民を不当に虐待していることへの抵抗だとしている。たしかにここ数年、とくにヨルダン川西岸地区でイスラエル当局による暴力的なパレスチナ住民弾圧が続いてきたのは事実である。

それ以外にも、今回のハマスの攻撃の動機については、メディアではさまざまに語られているが、いずれもハマス自身がそう主張しているわけではなく、推測ということになる。

ひとつは、サウジアラビアとイスラエルが国交正常化交渉を進めているため、それを妨害するためという説だ。サウジアラビアはもともと聖地である(東)エルサレムの奪還とパレスチナ国家の創設という「アラブの大義」の側に立ち、パレスチナを支援してきたアラブの有力国だが、ライバル勢力のイランと対抗することに加え、国内経済のハイテク産業への脱皮を目指すこともあり、米国の仲介でイスラエルとの関係を深めてきた。

イスラエルは2020年にアラブ首長国連邦やバーレーンなどと国交樹立しているが、そこにはサウジアラビアの仲介・賛同があったとみられる。サウジアラビアとイスラエルの国交正常化交渉も急速に進んでいた。

これはハマスからすれば、自分たちの頭ごしにアラブ世界がイスラエルと手を結ぶことを意味する。つまり、自分たちは見捨てられかねないという危機感だ。これは政治的な動機としては、あり得る。ただし、ハマス自身はそれが目的だとは言っていない。