社畜=現代版の家畜
だがバブル崩壊後、1990年代に入ると日本社会の様相は徐々に変わっていく。エコノミックアニマルから一転して、家畜ならぬ「社畜」という俗語が広く普及し始めたのもこの頃だ。
「会社+家畜」を語源に持つこの俗語は、サービス残業も転勤もいとわずに働く会社人間をバカにする意味合いを持つ。エコノミックアニマルという言葉を使うのは海外のビジネスパーソンだったが、社畜は労働者本人が自分の労働環境を自虐的に表す言葉として「ブラック企業」と同様に広まった。
社畜=「現代版の家畜」と表現してもいいかもしれない。
モーレツに働いて高度経済成長期を支えたエコノミックアニマルは当人たちにとってはポジティブな意味合いを持ち、社畜というネガティブな言葉とはベクトルが真逆に思えるかもしれない。
だが、自らの権利から目を背けて満員電車ですし詰めにされ、組織のために歯車になる状態を継続させることは、やはり家畜的な「自主性の放棄」という点で選ぶところがない。
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文/池田清彦
写真/shutterstock












