“ファンベース”戦略の先頭を走る『最愛』の新井順子
そして2つめの鍵が、プロデューサーの存在だ。いかに“ファンベース”を意識し、作品だけでなく、その周辺の企画にもコストとパワーを投じていくか。その采配は、プロデューサーが担っている。
『最愛』のプロデューサーである新井順子は、ドラマ界における“ファンベース”戦略の先駆者と言っていいだろう。『最愛』に限らず、2020年に放送された『MIU404』でも劇中に登場したメロンパン号が全国をめぐる「メロンパン号キャラバン」を開催。驚くことに放送終了から2年が経とうとしている今もこの企画は続いており、このゴールデンウィークもメロンパン号は愛知県蟹江町、群馬県太田市、栃木県宇都宮市に登場した。
また、同じくプロデュースを手がけた『着飾る恋には理由があって』でも「FujiBal号Caravan」を決行。この試みは同局の他ドラマでも取り入れられ、2021年のヒットドラマである『TOKYO MER』もERカーを全国に走らせている。
他にも『MIU404』、『着飾る恋には理由があって』、さらに『中学聖日記』で公式ガイドブックを発売し、『MIU404』に関しては3度にわたって重版されるヒットを記録した。新井は初期のプロデュース作品である『ぶっせん』でもオフィシャルブックを販売するなど、かなり早い時期から“ファンベース”を意識した動きを実践してきた。『最愛』のオフィシャルツアーもドラマ界から見ると異例だが、新井にとっては自然な流れだったのかもしれない。
実際、新井の作品は『アンナチュラル』や『Nのために』など今も愛され続けている作品が多い。それは、質の高い作品づくりはもちろんのこと、彼女の中に一過性の人気ではなく、人の心に長く残り続ける作品をという意識があったからに思えてならない。結果、裏方ながら新井につくファンも多く、まさに“ファンベース”を体現しているプロデューサーの筆頭格だ。彼女のようなプロデューサーが増えると、日本のドラマも大きく“ファンベース”に向けて舵を切っていくだろう。
“ファンベース”戦略を加速させる動きは他にも見られる。それが、今年10月から放送を予定しているTBS火曜ドラマ『君の花になる』だ。同作は7人組ボーイズグループとその寮母による芸能界サクセスストーリーであり、実際にそのボーイズグループをデビューさせるだけでなく、7人のオーディションからドラマ放送までの1年を追った密着&応援コンテンツをYouTubeとParaviで配信していくことが発表されている。まさに放送前からファンと強い結びつきをつくる“ファンベース”戦略の典型であり、このドラマの成否がこれからのドラマとファンとのリレーション形成を変える可能性を秘めている。
今や「ながら見」「倍速視聴」が当たり前となっている映像コンテンツ。単に観てもらうだけではブームは起こせない。ただ受動的に観ているものから、思わず視聴者が推したくなる関係性をどれだけ築いていけるか。今、日本のドラマ界は分水嶺(ぶんすいれい)に立っている。
文/横川良明