賃金をコストと考える日本の経営者
――本書で熊野さんが指摘されているように、日本では経営者が賃金をコストとして捉えすぎているような気がします。賃金を将来に対する先行投資だと考えたがらないのは、なぜでしょうか。
私がある宝飾店を取材したときに、そこの女性CEOがこんな話をしていました。「うちでは社員になるべく優雅な体験をさせるよう心がけています。そうしないとお客さまの気持ちに寄り添えないからです」、と。これはいい話だなと思いました。自分たちは富裕層を相手にしているわけだから、接する店員も富裕層の気持ちがわからないといけない。そういう人材を養成することが競争力をつけることになるのです。
外資系高級ホテルも、この宝飾店と同じベクトルで社員教育に努めていると聞きます。ありていに言えば無形資産、人材を磨くことにより、他に”複製”できない競争力を蓄えていますし、そうした方針は社員自身のアドバンテージ確立にも寄与しています。
ちなみに日本の外資系ホテル業界では、日本人社員の流動化が目立っています。意に沿わない配置転換が行われると離職者がけっこう出る一方、条件が合えば、前のホテルに戻ることもある。プラットホームとしての会社をよくしていけば、出ていった人材が戻ってきたりする。人に投資をするとは、そういうことなのではないでしょうか。
――逆に日本企業全般では、いったん会社に入ってしまうとそこに縛られてしまい、なかなか人材の流動性が進まない現実があります。
今はまさにSNSの時代を反映して、会社を辞めた人もみんな、どこかでつながっていたりします。言ってみれば、ヨーロッパの産業労働別労働組合みたいな感じですね。どこの会社で働いていてもある一定のスキルを持っている人たちはつながっているのです。
私の専門分野の一つに「労働経済論」があるのですが、日本も徐々に労働移動、特にスキルのある人たちの労働移動をもっと潤滑にしないといけません。縦割りの移動はもはや無理だと思う。人材のプールが小さすぎるからです。人を育てて、さらに人の流動性を高めることが、競争力のある海外企業と伍していくためにはきわめて重要です。ただし、頭でわかっていても、実行するのは簡単ではないのですが。