「ドラッグ蔓延」でさらに泥沼化

ここまででも十分ひどい状況だが、今のサンフランシスコにはもっと深刻な問題がある。それは、ドラッグの蔓延だ。

コロナ禍において「フェンタニル」という500円ほどから買える安価かつ中毒性の高いドラッグが全米で広がった。このドラッグ中毒がもっとも深刻に広まっているのが、サンフランシスコのテンダーロイン地区だ。訪れてみると、道のそこかしこに、このドラッグの中毒者が溢れている。

フェンタニルは摂取すると感覚が遮断されてしまうようで、道の真ん中で身体をクネっと曲げた状態で立ったままピクリとも動かない状態の人が、そこかしこにいる。

また公衆トイレがないため、道の真ん中で排泄をしている人も多い。排泄中のそのままの姿勢で止まってしまっている人、歩道の真ん中に倒れこんでそのまま動かない人もそこら中にいる。もしかしたら、まだ生きているかもしれないが、死んでいる可能性もある。2023年の最初の3ヶ月間だけで、このフェンタニルの過剰摂取による死者は41%も増加したという。

そこまで危険なドラッグでありながらも、多くのホームレスが一時的に心の痛みを和らげるために使用を続けているのだ。

《ドラッグ蔓延も深刻化》被害額950ドルまでの窃盗は「軽犯罪」扱い…“万引き天国”サンフランシスコに広がるディストピアの闇_4
サンフランシスコではドラッグの蔓延が深刻な問題となっている

そんなドラッグ中毒者が溢れる危険な地区にも住宅があり、学校に通う子どもたちもいる。

筆者が本稿の取材のために友人の車でエリアを回っていると、何か物々しい警備がされている公園があった。何事かと思ってよく見ると、警察官によって周囲がガードされた公園の中で、運動会のような学校行事を行っているところだった。公園の中だけは、健全な学園生活が広がっているが、警備をしている警察官の足下には、生死不明のホームレスが転がっている。なんとも奇妙な光景だ。

その後、公園から2ブロックほど登った道を車で走っていたら、アジア系男性とアフリカ系男性が口論をしていた。そして突如、女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと思ったら、アジア系男性がカバンから拳銃を取り出して構えていた。その様子を見て悲鳴をあげる女性もいるが、見慣れた光景とばかりに、チラっと様子を見て友人と談笑をしながらその横を通り過ぎていく女性2人組もいる。まさにカオスな状況だった。

《ドラッグ蔓延も深刻化》被害額950ドルまでの窃盗は「軽犯罪」扱い…“万引き天国”サンフランシスコに広がるディストピアの闇_4
拳銃を取り出して口論をする男性

世界一の富裕層が集う都市でありながら、状況が改善しそうな気配は見えてこない。いや、それどころか悪化の一途を辿っている。

最近、ホームレスにドラッグを売っているディーラーやその仲介者たちたちが、ホームレスたちにドラッグ代を稼がせるために、お店の窃盗をさせているという。お店から盗んできた盗品を安く引き取っては、街一番の大通りで堂々と路上販売しているのだ。

《ドラッグ蔓延も深刻化》被害額950ドルまでの窃盗は「軽犯罪」扱い…“万引き天国”サンフランシスコに広がるディストピアの闇_4
街の大通りでは窃盗した物品が堂々と販売されている

日本には、今でも世界的成功を収めたIT企業が集まるベイエリアに強い憧れを感じている人が少なくない。たしかにサンフランシスコの観光地の多くは、コロナ禍を経てもその美しさを保っている。富裕層が住むおしゃれな高級住宅エリアに行けば、相変わらず海や丘の景観は美しいし、遠くに見下ろす摩天楼の街並みにも息を呑む。

しかし、いざ街中に足を運んでみると、人のいないビジネス街を無人の自動運転タクシーが周回。高級ブランドと高価なグルメを求める観光客が賑わう地域から数ブロックも離れると、ドラッグに溺れたホームレスたちが、魂を失った状態で静止している。

今のテクノロジー社会のいびつな成功が生み出した「ディストピア(反理想郷)」を感じずにはいられない光景だ。

文・写真/林信行