取材で垣間見たお茶目な素顔

このように作品や受賞歴などを羅列していくだけで、本文が終わってしまいそうなほど名作話題作ぞろいの役所広司ではあるが、驚かされるのはどれひとつとして似た役柄がないこと。たとえば同じ細野監督のヤクザものでも『しのいだれ』(1994)と『シャブ極道』(1996)は全然キャラクターが違うし、最近演じた西川美和監督作『すばらしき世界』(2021)での元ヤクザ役も同様だ。

『KAMIKAZE TAXI』以降、名コンビを組み続けている原田監督も、『突入せよ!「あさま山荘」事件』(2002)『わが母の記』(2012)『日本のいちばん長い日』(2015)など毎回イメージが異なる役柄をオファー。『関ケ原』(2017)では特殊メイクを駆使して徳川家康のタヌキ親父っぷりを巧みに体現した。

芸名の由来は千代田区役所勤務だったから…カンヌでその名を世界に轟かせた役所広司。日本映画界の至宝のキャリアを振り返る−「似た役柄はひとつもない」_2
多くの作品でタッグを組んでいる黒沢清監督(左)と
Capital Pictures/amanaimages

ちなみに筆者が役所に取材させてもらうようになったのは1990年代半ばから。1997年の傑作スリラー『CURE』(1997)で取材会場へおもむく途中、ばったり役所と監督の黒沢清氏が一緒に道を歩いているところに遭遇したときには、彼が茶目っ気たっぷりに両の手を掲げながら、「こちらが『CURE』を撮られた黒沢清監督です!」と紹介してくださった。

そのときの満面の笑顔からは、監督に対する信頼と作品に対する満足感があふれかえっていたことを記憶している。もちろんその後も黒沢清&役所広司の名コンビは『カリスマ』(99)『降霊』(01)『ドッペルゲンガー』(03)など傑作秀作群を生み出していった。

いつの取材だったか、「本当は脚本をじっくり吟味して出演するかどうかを決めたいんですけど、残念ながら今の日本映画界にはそんな時間の余裕はない。そうなると自分が信頼する、もしくは一緒に仕事してみたい監督の作品に進んで出てみようと思うんです」と語ってくれたことがあった。

それゆえか、彼の出演作品は総じて監督との信頼関係によって、自身の演技も魅力も存在感も倍増しているものが多い気がする。何よりも日本在住の監督で役所広司と仕事したくない者などひとりもいないだろうし、今ではヴィム・ヴェンダースのような海外の名匠・巨匠からも注目されるほどなのだ。