バル街がサンセバスチャンを美食の街として発展させた
その代表的なものがバルです。バルは日本でいう居酒屋のようなもので、マドリッドのような都会の場合、広場を囲むようにバルが十数軒あります。朝から営業しているところも多く、朝はカプチーノ(スペインではコンレッチェ)とパン、昼はボカディージョといわれるサンドイッチ類を提供し、夜になるとタパスと呼ばれる小皿料理とワインを出すのです。
サンセバスチャンの旧市街には伝統的なバスク料理レストランと100軒以上のバルがひしめいています。そして、サンセバスチャンのバルで食べられる料理がピンチョスです。
ピンチョスはバスク地方で生まれた、タパスを進化させたもので、「コース料理のミニチュア版」といえるほど精緻なフィンガーフードになっています。
しかもサンセバスチャンが美食の街として栄えた理由のひとつが、バル街を中心にしたサンセバスチャンのシェフたちの「ある決断」に隠されているといわれるのです。というのは、彼らは、自分たちのレシピを自ら、積極的に公開したのです。つまり、レシピのオープンソース化です。
これまで料理のレシピというものは、どこの国でも門外不出。弟子から弟子、店から店へと伝えられ、真似されないようにすることが当たり前でした。ところが、サンセバスチャンのシェフたちは、レシピをライバルや仲間と共有することで、街全体を活性化させようとしたわけです。
その結果、観光客は事前に情報がなくて、行き当たりばったりで目についたバルに入ったとしても一定以上の味を楽しめることになり、「失敗した!」と思うことがなくなります。仕事でサンセバスチャンを訪れ、数時間だけ自由時間があった場合でも美味しい記憶が残るというわけです。
しかし、レシピが共有されたとしても味は最終的にはシェフ固有のもの。レシピ通りに作ってもプロと素人では同じ味にはならないように、シェフたちは共有化されたがゆえにいっそう、自分自身の独自の料理を作り上げようと研鑽を重ねていきました。
このように研究熱心なシェフたちが多数現れたこともあり、2009年にはサンセバスチャン郊外に、ヨーロッパ初の私立4年制料理専門大学「バスク・クリナリー・センター(BasqueCulinary Center 通称・BCC)」もできました。