180kgは芸能界の歴史でも断トツの地位
芸能界にはこれまで数々の巨漢タレントがいた。少し前の言い方でいえば「デブタレ」と呼ばれていた人々である。最近はご時世柄「デブタレ」とは言わなくなっているが、太っていることを生業(なりわい)とする層が一定数いるのは変わらない。
まあ時流に合わせ「デブ」という表現を懸命に避けたところで、大鶴肥満は名前が「肥満」である。避けようがない。180キロの漫才師がいてもいいじゃないかという令和の多様性と、「肥満」というポップさのかけらも無い単語が名前であるという矛盾した状況に頭がくらくらする。
話がそれた。これまでにも体重の重いタレントさんはいたという話である。
しかし、調べてみるとみなそこまで重くない。増減があるので一番重かった頃とされている数字を基準とするが、伊集院光145kg、松村邦洋140kg、マツコ・デラックス140kg、安田大サーカスのHIRO140kg、内山信二135kg、彦摩呂135kg、ホンジャマカの石塚135kgと概ね130-140kg台に留まっている(全てネットで私が調べた限りの数字なので誤差はご容赦いただきたい)。しかもマツコを除けば、みな現在はダイエットしていてかなりスリムだ。
もっと時代をさかのぼれば、寺内貫太郎の頃の小林亜星あたりも巨漢扱いされていたわけだが、調べたら最も重い時で113kgであった。ダイエットした後の彦摩呂くらいしかない。
そういえば1980年代の名作ドラマに『池中玄太80キロ』というのがあった。80キロは主演の西田敏行の体重から来ていたらしいが、当時の西田は『西遊記』でも猪八戒役だったように比較的太っちょ俳優扱いであったと思う。
しかし、今我々は180kgの大鶴肥満を目の前にしている。池中玄太のプラス100kgである。
デーモン閣下のように年齢はすぐに10万歳でも乗っけられるが、体重を100kg乗っけるのは並大抵のことではない。10万年は悪魔にとってあっという間だとしても、100kg太るのは一朝一夕というわけにはいかない。2022年1月に行われたイベント「まーごめ180キロ」でも大鶴肥満がいかにして180kgまで到達したかが紐解かれていたが、なかなか壮絶な紆余曲折を経てここまで来ている。肥満は1日にしてならずである。